なのですね。だけど、今では、不幸が家へやって来て、私には、人間がおたがいの血に飢えている怪物のように見えますの。だけど、私はきっとまちがっています。あのきのどくな少女が有罪だと、誰でも信じているんですもの。あの人が罪を犯して罰を受けたとすれば、たしかに、人間のうちでいちばん堕落した者だったんでしょう。宝石の一つや二つのために、恩を受けた親しい人の息子を、生れた時から自分が育てて、自分の子のようにしてかわいがっていたらしい子を、殺すなんて! 私は、どんな人間でも死ぬということには、賛成しかねましたが、そういう人が人間社会にとどまっているとしたら、たしかにふさわしくないと考えたにちがいありません。だけど、あの人には罪がなかったのです。私は知っています、あの人は潔白だったと感じるのです。あなたもこれと同じ意見ですから、確信がもてます。ああ! ヴィクトル、虚偽がこんなにほんとうらしく見えるとしたら、誰が確実な幸福を保証できるでしょう。私は、無数の人々がむらがって来て、私をしきりに深淵に突き落そうとする、断崖の端を歩いているような気がしますのよ。ウィリアムとジュスチーヌは殺されてしまったのに、殺した者は逃げ去って、世の中を思いのままに歩きまわり、ひょっとしたら人に尊敬されているかもしれないのです。だけど、たとい私が同じ罪を犯して、絞首刑の宣告を受けたからといって、そういうあさましい人間に取って代ろうとはしませんわ。」
 極度の苦悶を感じながら、私はこの話に耳を傾けた。私こそ、実際においてではないが、結果において、ほんとうの殺害者であったのだ。エリザベートは私の顔の苦悩の色を察し、私の手をやさしく取りながら言った、「ヴィクトル[#「ヴィクトル」は底本では「ヴィクル」]、気をおちつけなくちゃいけないわ。今度の出来事は私にもこたえ、それがどんなにつらかったかは神さまもこぞんじですが、あなたほどひどく参ってはおりません。あなたのお顔には、絶望の色が、ときには復讐の念が現われていますので、私、慄えていますわ。ねえ、ヴィクトル、そんな暗い情熱をなくしてください。あらゆる望みをあなたにつないでいる、まわりの者を思い出してください。私たちは、あなたを幸福にしてあげる力をなくしたのでしょうか。ああ、私たちが愛しているあいだは、この平和な美しい国にあってたがいに誠実であるあいだは、安らかな祝福を
前へ 次へ
全197ページ中75ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宍戸 儀一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング