なければ、歓びを考えも感じもしない――この男は、祝福をもって空気をみたし、あなたがたに尽してその生涯を送りたがっているのに――あなたがたに泣けというのだ――無量の涙を流して。もしも、こうして仮借のない運命がその本望を遂げるならば、そして、墓穴に入って平和になる前に、あなたがたの悲痛な苦しみのあとで、破壊の手が休むならば、この男は、望み以上に幸福なのだ!
 このように私の予言的な魂は語った。私は、自分の愛する者が、穢らわしい技術の最初の不しあわせな被害者たるウィリアムとジュスチーヌの墓に悲しみの涙をむなしくそそぐのを、そのとき見ていたのだ。


     9 呪わしい苦悩


 やつぎばやにつぎつぎと起った事件に感情が昂じたあとで、それにつづいて魂の希望も恐怖も共に奪い去ってしまう、あの無為と必然の死のような平静さほど、人間の心にとって苦痛なものはない。ジュスチーヌは死んで安らかになったのに私は生きている。血は私の血管を自由に流れたが、何ものを、動かすことのできない絶望と悔恨の重みは、私の胸を抑えつけた。眠りは私の眼から逃げ去り、私は悪霊のようにさまよい歩いた。というのは、私は、身の毛もよだつような、いなそれ以上の、筆舌に尽しがたい災害の行為を犯して(と私は思い込むんでいた)、まだ隠れているからだ。けれども私の心にも、親切と徳を愛する心が溢れた。私はまず第一に慈悲深くするつもりで生活し、それを実行に移して自分の同胞のためにやくだつ時を渇望していたのだった。今となっては、すべてが水泡に帰してしまった。みずから満ち足りて過去をふりかえり、そこから新しい希望のみこみを立てる、あの良心の清らかさのかわりに、言語に絶する激しい苦痛の地獄へと私を駆り立てる悔恨と罪悪感に捉われたのだ。
 こんな精神状態が私の健康をむしばみ、たぶん、それが最初に受けた衝動からすっかり立ちなおるということはなかった。私は人の顔を避け、歓びや満足のあらゆる声に苦しめられた。孤独がたった一つの慰めだった――深い、暗い、死のような孤独が。
 父は、私の気性や習癖の眼に見える変化に苦しみ、自分の清らかな良心と罪を知らぬ生活の感情から引き出した議論で、がまん強く私を元気づけ、覆いかかった黒雲を払いのける勇気を出させるように努力した。「ヴィクトルや、わたしだってやはり悩んでいるとは思わないかね。わたしがおまえの弟
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