しめようとする謬想《びゅうそう》に陥った経済学者もある。なお他の例を挙げる。私の証明は、第二の基礎として、生産物の販売価格と生産費との均等化に依存する。故にそれは、企業者が利益のある企業に集り、損失のある企業を去り得る可能性を予想する。だから自由競争の原理は、自然的必然的独占の対象である物の生産には、必然的に適用せられない。しかるに独占的産業についても、自由競争を絶えず主張する所の経済学者がある。最後に自由競争についての考察をおえるために、最後ではあるが最も重要な解説をしておく。すなわち利用の問題を明らかにしながら自由競争についてなした私の証明は、正義の問題を全く考慮外に置く。私の証明は、用役のある配分から生産物のいかなる分配が生ずるかの点に限られている。それは、用役の分配の問題には少しも触れていない。しかるに産業の問題について、レッセ・フェール、レッセ・パッセを高調することで満足せず、これを所有権の問題にまで故なく妄《みだ》りに適用しようとしている経済学者がある。これこそ、科学を文学的に取扱うことの危険である理由である。真と偽とを同時に主張する人があり、従って偽と真とを共に否定しよ
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