I価値の背後には絶対的なあるもの、すなわち充された最後の欲望の強度、すなわち稀少性がある。けれども絶対的であって相対的でないこれらの稀少性は、主観的であり、個人的であって、現実的でもなく、客観的でもない。それらは私共のうちにあって、事物のうちにあるのではない。故にこれらを交換価値に置き換えることは出来ない。そこで、稀少性[#「稀少性」に傍点]なるものも存在せねば、九〇%銀の半デカグラムの価値[#「九〇%銀の半デカグラムの価値」に傍点]なるものも実在せず、フラン[#「フラン」に傍点]という語は実在しないものの名称であるということになる。科学が認めなければならぬこの真理をセイは完全に認めたのであった。
一四七 だがそうだからといって、価値と富とを測定し得ないということにはならない。ただ私共の尺度の単位はある商品のある量でなければならず、商品のこの量の価値であってはならぬという結果が出てくるのみである。
例の如く(A)を価値尺度財とし、(A)の量の単位を測定単位とする。価値は自ら測定せられる。なぜなら価値の比は交換せられた商品の量に反比例して直接に現われるから。かくて、(B)、(C)、(
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