のうちに交換の事実を経験的に認めようと思えば、我々はただ眼を開きさえすればよい。
我々は皆日々、特種な一系列の行為として、交換すなわち売と買とをなしている。我々のある者は土地または土地の使用または土地の果実を売る。ある者は家または家の使用を売る。ある者は大量に獲得した工業生産物または商品を細分して売る。ある者は診療・弁護・芸術作品・ある日数または時間の労働を売る。これらを売ってこれらの人々は、貨幣を受ける。かくして得た貨幣で人々は、あるときはパン・肉・葡萄酒を購《あがな》い、あるときは衣服を購い、あるときは住居を購い、あるときは家具・宝石・馬車を購い、あるときは原料または労働を購い、あるときは商品・家屋・土地を購い、あるときは種々の企業の株式または債券を購う。
交換は市場において行われる。ある特種な交換が行われる場所を、我々は特種な市場と考える。例えばヨーロッパ市場・フランス市場・パリ市場、などという。ル・アーヴル(Le Havre)は棉花《めんか》市場であり、ボルドーは葡萄酒の市場であり、食品市場(les halles)といえば果実・野菜・小麦・その他の穀物の市場であり、証券取引所(la bourse)は商業証券の市場である。
小麦の市場をとれば、そこで与えられた時において五ヘクトリットルの小麦が一二〇フランすなわち九〇パーセントの銀六百グラムと交換せられたとすれば、「小麦の一ヘクトリットルは二四フランの価値がある」という。これが交換価値の事実である。
二八 小麦の一ヘクトリットルは二四フランの価値がある。まずこの事実は自然的事実の性質をもっていることを注意すべきである。銀で表わした小麦のこの価値すなわち小麦のこの価格は、売手の意志から生ずるのでもなく、買手の意志から生ずるのでもなく、またこれらの二つの意志の合致から生ずるのでもない。売手はより高く売ろうとするけれども、それをなし得ない。なぜなら小麦はこれ以上の価値が無いからであり、また売手がこの価格で売らなければ、買手は、この価格で売ろうとしている他のある数の売手を見出し得るからである。また買手はより安く買おうとするがそれをなし得ない。なぜなら小麦の価値はこれ以下ではないからであり、また買手がこの価格で買おうとしなければ、売手はこの価格で買おうとするある数の買手を見出し得るからである。
故に交換価値の事実は、一度成立すれば、自然的事実の性質をもってくる。それはその起源においても自然であり、その現われにおいても自然であり、その存在の様式においても自然である。小麦や銀が価値をもっているのは、これらの物が稀少であるからであり、換言すれば利用があり、かつ量において制限せられているからであるが、これら二つの事情は共に自然的である。そして小麦と銀とが互に比較せられて、しかじかの価値を有つのは、それらがそれぞれ稀少の程度を異にするからである。他の言葉でいえば、利用の程度及び量において制限せられる程度を異にするからであるが、これら二つの事情は右に述べたそれらと同じく自然現象である。
しかしこれは、我々が価格に対し何らの働きをも加え得ない、という意味ではない。重さが自然法則に従う自然的事実だとしても、これを袖手《しゅうしゅ》傍観していなければならぬということにはならない。我々の便利になるようにこれに抵抗したり、これを自由に働かせたりする。しかしこの性質も法則も変化することは出来ない。我々はいわばこれに従ってしか、これを支配することが出来ない。価値の場合も同様である。例えば小麦についていえば、小麦の在荷貯蔵量の一部を破棄してその価格を騰貴せしめることが出来る。また小麦に代えて、米、馬鈴薯、またはその他の物を食して、この価格を下落せしめることも出来る。また小麦一ヘクトリットルの価値は二四フランではなく、二〇フランであるべしと法律で定めることさえも出来る。前の場合には我々が価値の原因に働きを加えたのであって、自然的価値を、他の自然的価値に置き換えたに過ぎない。第二の場合には我々は事実そのものに働きを加えたのであって、自然的価値に人為的価値を加えたのである。最後に厳密にいえば、交換を廃止して、価値を廃止することも出来る。しかしもし交換を行うものとして、在庫貯蔵量と消費量とのある状態、一言にいって稀少性の状態が与えられたとすれば、それからある価値が生じまたは生じようとする傾向を我々は妨げ得ないであろう。
二九 小麦一ヘクトリットルは二四フランの価値がある。だがこの場合にこの事実は数学的性質をもっていることを注意すべきである。銀で表わした小麦の価値すなわち小麦の価格は、昨日、二二または二三フランであった。先刻は二三・五〇フランまたは二三・七五フランであった。しばらくの後には二四・二五フラン
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