メにおいてそうであるように、経済現象の相互依存の関係を発見したワルラスにも、これら現象の間に因果関係を認めているが如き見解が残っている。けれども、これは、いずれの先駆者にも除き尽すことの出来ない古い物の残滓《ざんし》である。
 この残滓はパレートによって除き去られて、ワルラスの一般均衡理論は、後期ローザンヌ学派の純粋なる一般均衡理論となった。今日 〔de'sinte'resse'〕 の経済科学者にとっては、主観的価値説もなければ、労働価値説もない。ひとり一般均衡理論あるのみである。経済現象の 〔de'sinte'resse'〕 な研究をなそうと志す人々は、ワルラスとパレートとの研究から始めねばならない。誤訳なども多くあるかもしれないこの「純粋経済学要論」が、これらの人々にとっていくらかの役に立ち得るならば、訳者のこの仕事は無駄にはならぬであろう。この場合にも、R. Gibrat が 〔Les Ine'galite's e'conomiques, Paris. 1931.〕 の表紙に引用した Carver の一句は、記憶のうちに止めらるべきであろう。
 "The author hopes that the reader who takes up this volume may do so with the understanding that economics is a science rather than a branch of polite literature, and with the expectation of putting as much mental effort into the reading of it as he would into the reading of a treatise on physics, chemistry, or biology.(四)[#「(四)」は行右小書き]"
 この飜訳に際しても、「国際貿易政策思想史研究」の場合と同様に、高垣寅次郎先生の御指導と御尽力を忝《かたじけな》くした。けれども出来上がったものは、かくも拙劣である。この点、切に先生の御容赦を乞わねばならぬ。

  一九三三年三月
[#地から3字上げ]手塚壽郎

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註一 Sensini: La teoria della "rendita," 1912, pp. 407−8.
註二 〔Antonelli: Le'on Walras, dans la Revue d'histoire des doctrines e'conomiques et sociales, 1910, p. 187.
註三 〔V. Pareto: Manuel d'e'conomie politique trad. de l'italien par Al. Bonnet, 1909. pp. 160, 247.
註四 T. N. Carver: The Distribution of Wealth, 1899, Preface.
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     凡例

 一 この書物は、〔Le'on Walras: Ele'ments d'e'conomie politique pure ou The'orie de la richesse sociale. Paris et Lausanne.〕 を、一九二六年版に拠って、訳出したものである。厳密に訳せば、書名は「純粋経済学要論――社会的富の理論」とせられねばならぬのではあるが、称呼上の簡便を期するため、単に「純粋経済学要論」としておいた。一九二六年版は、三箇所に加えられた僅少の修正を除けば、決定版として知られている第四版すなわち一九〇〇年版と異る所が無い。これらのうち、二箇所はワルラスが一九〇二年付の註をもって一九二六年版に断っているが(本訳書下巻、第三二六、三六二節)、他の一箇所は断ってない。しかしこの一箇所は旧版の当該部分をより容易に理解せしめようとしてなされた修正であって、重要な修正ではない。第八二節がこの部分である。
 二 原著の叙述は、ほとんど全部条件法を用い、原著者がその主張にいかに謙譲であったかをよく示している。だが訳文には、必要な場合のほか、大部分直接法を用いることとした。
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     レオン・ワルラスの略伝

 レオン・ワルラス(〔Marie−Esprit−Le'on Walras〕)は、一八三四年十二月十六日、パリを西北に百|粁《キロメートル》ほど隔てるエヴルー(Evreux)の町に、オーギュスト・ワルラス(Antoine−Auguste Walras)を父として生れた。父オーギュスト(一八〇一―一八六六)は南仏のモン
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