トも着ないまゝなので、ひどく寒いだらうと気づかひました。しかし先生がこはいので何も言へません。
 つめたい雨がふり出しました。クロック先生は、毛皮うらのついた帽子を耳まですつぽりかぶつて、鼻うたをうたひながら、馬を平手でたゝきました。
 星の光りが風でをどりました。私たちは白い氷つた道をすゝみました。もう水車から遠くはなれて、せき[#「せき」に傍点]のひゞきもきこえません。そのときよわ/\しい、訴へるやうな泣き声がふいに車のおくから聞え出しました。その泣き声は、私たちの、アルザスの方言で言ひました。
「放しておくれよ、クロック先生。」
 それはいかにも悲しい声だつたので、私は目に涙がにじみました。クロック先生は意地わるさうに笑つて、馬にむちをあてながら、うたをうたひました。
 しばらくすると、また泣き声がおこりました。
「はなしておくれよ、クロック先生。」
 やはり、ひくい、かなしい、機かい的な調子でした。かはいさうに、ちようどお祈りをでも暗誦してゐるやうに、つゞけました。
 とう/\車はとまりました。私たちは学校へもどつたのです。クロック夫人は、校舎のまへに、がんどうぢようちん[#「ぢようちん」に傍点]をもつて待つてゐました。
 夫人はひどくおこつてゐて、いきなりガスパールをぶちのめさうとしました。クロック先生は、それをおさへとめ、意地わるさうに笑つて言ひました。
「あす計算をつけよう。今晩はもうたくさんだ。」
 全くです。ガスパールは、あれだけいぢめられれば十分です。ガスパールは熱でからだがふるへ、歯がかち/\になつてゐます。私たちは、ガスパールを寝床につれていきました。
 私もその晩は、熱が出ました。私は夜どうし、あの車の牢屋を感じ「はなしておくれ、クロック先生」といふあはれなガスパールの声が、いつまでも耳をはなれませんでした。



底本:「日本児童文学大系 第一〇巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「鈴木三重吉童話全集 第八巻」文泉堂書店
   1975(昭和50)年9月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
   1931(昭和6)年2月
入力:tatsuki
校正:浅原庸子
2007年4月13日作成
青空文庫作成ファイル:
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