、すぐチヨン[#「チヨン」に傍点]は与兵衛の膝《ひざ》の上に入つて、そしてお膳の上にあるお芋の煮たのやら、お豆の煮たのを、お先へ失敬してムシヤ/\と食べるのでした。けれども与兵衛は、ちつともそれを叱《しか》らずにチヨン[#「チヨン」に傍点]よチヨン[#「チヨン」に傍点]よと言つて可愛がつてゐました。
 或日《あるひ》の事、与兵衛は川へお魚を釣《つ》りに行つたが、どうしたものかその日は不思議にもたいてい一つの淵《ふち》で大きな※[#「魚+完」、第4水準2−93−48]《あめのうを》が必ず一つづつ釣れるので、もう一つ、もう一つと思つて、つい川を上へ/\と上つて行きました。そしてふと気付いてみると、十四五間上手に大きな樫《かし》の木のあるのが眼に止りました。
「あ、あの樫の木だつたつけ、チヨン[#「チヨン」に傍点]の母猿を射つたのは?」
 与兵衛はかう言つた後で、思はずも南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》々々々々々々と言ひました。そして川原に立竦《たちすく》んだまゝ、ぢつとその樫の木を眺《なが》めて居ました。樫の枝は大きな/\傘《かさ》のやうに広がつてその片一方がずつと淵の上の所まで伸びて居ました。
「何と大きな樫の木だなア。」と呆《あき》れて見てゐると、樫の枝がザワ/\と動くぢやありませんか。与兵衛はギクリ! として釣竿《つりざを》を杖《つゑ》についたまゝ立つて居ると、猿が何疋も枝から枝へ跳びあるいてゐるのです。
「おや! また猿が居るナ?」
 与兵衛はブル/\顫《ふる》へながら見て居ると、川の方に差し出た細い枝の上に大きな親猿が一疋、何を思つたかスル/\と伝つて来て、軽業師のやうにぶら下りました。枝が弓のやうに輪を画いて円く曲つたと思ふと、其枝はポツキと折れて大きな親猿は小枝を握つたまゝ二十間もあらうと思はれる高い所から、ドブン! と淵の中へ真逆様《まつさかさま》に落ちたのでした。
「あツ!」と叫んで与兵衛は吾知らず川原を上の方へ駈《か》けて行きました。行つて見ると深い/\淵の真中に落込んだ親猿は、樫の枝を握つたまゝ首だけやつと水の上に出して浮いてゐました。木の上ではあれだけ敏捷《びんせふ》な猿でも水の中では一尺も泳ぐ事が出来ないのです、猿の一番禁物は水なのです。
「よし/\、今、俺《おれ》が助けてやる! さアこの釣竿に縋《すが》れ!」
 与兵衛はかう言つて釣竿を差出して
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