ことになつたのだ。中学校の優等生には鉄側時計、女学校の優等生には銀側時計、小学校の優等生には硯箱を下さるんだ。御定紋のついた硯箱だよ。」
 お父さまが、それだけ言つた時、石之助は、
「わかつた、わかつた。僕その硯箱をほしいなあ。」と、云ひました。
「うん、ほしからう。私もお前が、その硯箱をもらつてくれればよいがと思つてゐる。ところで今、六年生の一番は茂丸さんだといふぢやないか。茂丸さんは、あれは士族ぢやないんだ。出来ることなら、昔の家来であつた士族がもらひたいもんだ。ここは代代足軽といふ役をしてゐた士族だから、お前がその硯箱をもらつてくれたなら、殿様も、さぞお喜び下さるだらう。」
 お父さまの佐太夫は、さういつて涙ぐんでゐました。
「お父さま大丈夫だ。僕、きつとその硯箱をもらつてみせる。」
 石之助は元気に、にぎりこぶしで、ひざをたたきながら言ひました。
「さうか。そのかくごはよい。お前は茂丸さんに勝つ見こみがあるか。」
 お父さまは、心配さうに問ひました。
「あります。僕きつと、一番になつてみせます。」
 石之助は、自信のあるやうに言ひました。
 そのあくる日から、石之助は、どうしても殿様から、硯箱をもらはなければならないと思つて、必死に勉強しはじめました。
 一月二月がすぎ、三月が来ました。卒業試験が近づいてきたのです。けれども正直に言ふなら、算術は茂丸の方がよく出来ます。習字も茂丸の方が上手です。どうも茂丸の方が一番になりさうです。だから何とかして、茂丸を二番にする方法はないものかと、考へてばかりゐました。
 茂丸は石之助よりも、からだが弱いので、あまり勉強はいたしません。お父さまの金太夫《きんだいふ》さんが、いろいろと硯箱のことを言ひますが、茂丸は唯《ただ》にこにこ笑つてゐて、そんなものをほしいとも何とも言ひません。金太夫さんは、茂丸には勇気がなくていけない、やつぱり平民の子はだめだと、言つてゐました。
 いよいよ卒業試験が始まりました。ところが、二日目の算術と綴方の試験の日、茂丸はひどく熱を出したので、学校を休みました。
 石之助は試験がすむと、おうちへとんで帰りました。そして、
「お父さま、大丈夫硯箱はもらはれますよ。」と、申しました。
「大丈夫か。」と、佐太夫《さだいふ》は申しました。
「大丈夫です。今日は茂丸さんが、熱を出して休んだから、きつと僕が一
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