言った。
『近いうちに、あなたは此の高塔から日本の歌がチャイムとなって響くのを聞くだろう!』
私はその意味がわからなかった。けれども、それから四五日経った或日の夕方であった。三人の日本人がコロシアムの壁上に立って、タマルパイの彼方に沈む紅い夕陽を眺めていると、六時の時報が高塔から響き出した。
『お、もう六時だ!』
一人が塔の方を見た時、こは抑《そ》も何事ぞ! 高塔の上からバークレーの町々に、オークランドの家々に静かに流れ渡るその歌は。
『みどりもぞ濃き柏葉《はくよう》の、蔭を今宵《こよい》の宿りにて……』
一高の寮歌が、カリフォルニヤ大学のカムパニールからチャイムとなって響いているのだ。
感慨無量の体で涙ぐみながら聞き入っているのは一高出身の向野元生氏。その傍に立っていたのが、南満鉄道の貴島氏と、明治学院教授の鷲山弟三郎氏であった。云うまでもなく、此のチャイムのミュージシャンは、チャールス・ビ・ワイカーと云う誠実な高塔守である。
底本:「世界紀行文学全集 第十七巻 北アメリカ編」修道社
1959(昭和34)年3月25日
底本の親本:「太平洋を越えて」四条書房
1932(昭和7)年5月
入力:田中敬三
校正:仙酔ゑびす
2006年11月18日作成
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