々の水は一所に集つて、雲のまだ收まるか收まらぬに鹿股川は濁流が漲るのである。あれといふ間に湯槽の中へ水が押し込んで、うつかりした浴客は衣物も持たずに逃げ出すといふこともある。かういふ時は水底の石と石とが相搏つてどう/\と凄じい響が聞える。こんな現象は予も夏中屡々目撃して寧ろ壯快に感じたのであつた。それも暫時に水は落ちて、其日のうちにも入浴が出來る樣に成つてあとは何の異状をも留めないのであつた。それであるからこんな慘状を呈するまでにはどんな勢であつたらうか想像も出來ないのである。其時は幾日も降り續きて山が崩れたといふ騷ぎ橋が落ちるといふ騷ぎでお客さんは出ることもはいることも出來ないでみんなが毎日こぼして居ましたとまあちやんがいつた。
 秋の日はずん/\薄くらくなつた。下流は兩岩の削壁に密樹が掩ひかぶさつて居るため一層凄く見える。浴客が芋をもむ樣にこみ合ふた夏の趣きを思ひ合せると情ない樣である。まあちやんの姿も紺飛白の單衣に襷掛けで働いて居た時とは違つて、洗ひ晒しの半纏は何となく淋し相である。然しながら心切な態度と色の白いのとは變りは無かつた。鑛泉の作用であらうかまあちやんの家族の色の白さは格別である。浴客のなかには水が良いからだといふものもあつた。僅二三が月の間であるが、まあちやんの體はめつきり大人振つた樣に思はれた。まあちやんは十七であつたのだ。
 カルサンを穿いて籠を背負つて宿の者は山から歸つて來た。予が再び尋ねて來やうとは思はなかつたといつてみんなが珍らしがつて喜んだ。内のものが歸つて來てからはまあちやんは一人の時とは違つて、急に勢がついた樣に頻りに笑つたりして居つた。洪水以後客足がばつたり止まつた爲めこんな山仕事をして居る始末で客の用意は少しもないとのこと[#「こと」は底本では「こ」]であつた。其夜は松茸の御馳走になつた。皿も碗も一切が松茸であつた。生來此時程松茸を食つたことはない。
 翌朝空が稍曇つて居た。宿の蓙と笠とを借りて出掛けた。旅行の序とはいひながらこんな横道へそれたのもこれからずつとの山奧に山腹が崩壞して湖水が出來たといふことが新聞に見えた爲めである。人は滅多に行かぬに極つて居る、そこを自分が見て來るのだとそんなことが手柄に思はれたのである。凡そ三里ばかり行くと尾頭峠といふ峠の麓へ出る。其間も箒川の蓬莱橋が落ちたのを始めとして洪水の趾は歴々として存
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