も延びた唐人草がザラ/\と提灯にさはる、この土手のすぐ内側は畑でずつとさきはみんな原野になつて居る、土手といつてもこんなに低いのだから水が出るとすぐに越し相になる、土手を水が越すと耕地はみんな洗はれて仕舞ふのでこんなに土俵を積んで置くのだといふやうなことを叔父から聞きつゝ行くうちに、さきの提灯はぢき間近になつた、そこに止まつて居たのである、サツパ舟が一艘岸へ漕ぎ付けんとしつゝある、うらのちやんと舟とで何か話をして居る、それと同時にボー/\となまぬるいやうな汽笛を鳴らしながら通運丸が上つて來た、舳の灯の青い光や赤い光が長い影を波の上に引つ張つてさうしてバツサ/\と水を掻き分けながら、牛のやうに遲行しつゝある、岸へついたサツパ舟は艫のところへぐつと棹を突つ立てた儘とまつて居る、「引き波がえら來るかんな下手にすつと波くふかんなと舟でいつた、汽船はずん/\上つて行くのであるが、引き波はなか/\こない、岸を十間ばかりも離れたところに黒く船らしいものが見える、あれが鮭捕船だと叔父が自分に話して聞かせた、サツパ舟の中では「追つかけ引つかけよ、四本ちふんだからなといつてる、うしろのちやんとの問答のつゞきでゝもあらうと思はれる、そのうちに岸を打つ波がバシヤリ、バシヤリと一仕切り騷ぐと、さあこんだ乘つてもいゝといふのでさきの舟へ漕ぎつけた、舟のなかには三人の男が居たが自分等がついたので、みんな艫の方へ堅まつた、「こん夜はお客さま案内してきたといひながら叔父がさきへ乘り移る、舳の方へ漸く四人が座つた、この舟もやつぱりサツパ舟であるから八人の乘合では隨分窮屈である、それに苫が切つてあるのだから頭から押へ付けられるやうな心持で何だか落付かないで居ると、「どうですサヤ立てるの見ませんかといはれて、何をするのか分らないが見たいといふと、「それぢやこれへお乘んなせえといはれてさつきの舟へ乘る、こんどは二人で漕ぎ出した、一人はずんぐりした男で一人はさつきの奴である、さうしてそれはもうよつぽどの爺さんであつた、舟は再び岸の方へつけられた、一人が陸へ上つて竹棒の束へ繩をくるんだやうなものを抱いてきた、舟はすぐに遙かの下手へ漕ぎくだつて行つた、河のおもての白々ひかりで見ると、そこには苫舟の傍から末になる程開くやうに二筋に竹の棒が建てならべてある、丁度八の字髭が生へたやうなものだ、その右の方に舟を止めたと思
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