間には瓜の種を蒔きつける場所をぽつ/\とあけて置きます。爽かな凉しい風が麥の軟い穗先を吹いて、空氣にも土にも潤ひを帶びて來ると、庄次の家の瓜の種も麥の明間へ二葉を開いて來ます。段々眞直に射し掛ける日光が十分の熱度を與へてくれますし麥はまた周圍から大切に保護してくれます。それでも非常に敏《さと》い赤蠅がそつと來ては軟かな子葉《め》を舐め減すので、爺さんの苦心は容易ではありません。虫を除ける爲に瓜の葉へ灰を掛けて遣つたり、幾度か失敗しつゝ敏捷な蠅を殺したりしてやるのであります。
 麥が刈られると周圍はからりとして如何にも晴々とした心持で、瓜の蔓が威勢よくずん/\と伸びて行きます。蔓の先は軟かでそしてすつと頭を擡げて居る處が、見るから心持のいゝものであります。然しそれでも十分監督がないと赤蠅は依然舐めて畢《しま》はうとするのであります。瓜の蔓に處々へ開いて行く葉の間から小さな花がぽつ/\と見える頃になれば、瓜畑はもうだん/\心配がありません。
 麥藁が一杯に敷かれて蔓は其褥を這うて居ます。殊に威勢のいゝのは西瓜の蔓で唐草模樣の樣な葉を一杯に開きます。小粒の實が初めは然程《さほど》にもないのに、少し大きく成つたかと思ふと一夜の中にも滅切と太つて幾日も經たないのに抱へて重い程になるので有ます。丁度靜かな沼の水に※[#「くさかんむり/行」、第3水準1−90−82]菜《あささ》の花が泛《う》いて居るやうに黄色な小さな花は甜瓜《まくは》であります。一番に捌けのいゝ西瓜と甜瓜とが餘計に作られてある畑の隅の方に二畝三畝《ふたうねみうね》白い花が此れも靜かな沼の水に泡が泛いたとでもいふやうに、ぽつちりと開きました。其處には白い瓜が成りました。白い瓜と隣合うた畝《うね》には此も地味な花が見えました。そこには深い青みをもつた瓜が成りました。それで孰《どちら》も大きな形を横へましたが、其うちでも青い瓜は一層大きく丈夫相でありました。白い瓜の白い皮の下には白い快《い》い肉が包まれて居ますし、青い瓜の青い皮の下にはほんのりと青い爽かな潤ひを持つて居ます。孰《どちら》も他の西瓜や甜瓜のやうに甘い味を持つて生《なま》の儘稱美されるものではありません。
 然し二つに割つて鹽で壓《お》す時には其齒切のいゝことが凉しさを添へるやうで、西瓜や甜瓜のやうにどうかすると飽きられるといふやうなことは嘗《かつ》てない
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