《て》を胸《むね》で合《あは》せてやつた。さうして機《はた》の道具《だうぐ》の一《ひと》つである杼《ひ》を蒲團《ふとん》へ乘《の》せた。猫《ねこ》が死人《しにん》を越《こ》えて渡《わた》ると化《ば》けるといつて杼《ひ》は猫《ねこ》の防禦《ばうぎよ》であつた。杼《ひ》を乘《の》せて置《お》けば猫《ねこ》は渡《わた》らないと信《しん》ぜられて居《ゐ》るのである。
 夜《よ》は益《ます/\》深《ふ》けて冷《ひ》え切《き》つて居《ゐ》た。家《いへ》の内《うち》には一|塊《くわい》の※[#「火+畏」、第3水準1−87−57]《おき》も貯《たくは》へてはなかつた。枕元《まくらもと》に居《ゐ》た近所《きんじよ》の人々《ひと/″\》は勘次《かんじ》とおつぎの泣《な》き止《や》むまでは身體《からだ》を動《うご》かすことも出來《でき》ないで凝然《ぢつ》と冷《つめ》たい手《て》を懷《ふところ》に暖《あたゝ》めて居《ゐ》た。おつぎは漸《やうや》く竈《かまど》へ落葉《おちば》を燻《く》べて茶《ちや》を沸《わか》した、みんな只《たゞ》ぽつさりとして茶《ちや》を啜《すゝ》つた。
「勘次《かんじ》もかせえて[#「かせえて」に傍点]知《し》らせやがればえゝのに」卯平《うへい》がぶすりと呟《つぶや》く聲《こゑ》は低《ひく》くしかもみんなの耳《みゝ》の底《そこ》に響《ひゞ》いた。卯平《うへい》は其《そ》の日《ひ》の未明《みめい》に使《つかひ》の來《く》るまではお品《しな》の病氣《びやうき》はちつとも知《し》らずに居《ゐ》た。驚《おどろ》いて來《き》て見《み》ればもうこんな始末《しまつ》である。卯平《うへい》も泣《な》いた。彼《かれ》は煙管《きせる》を噛《か》んでは只《たゞ》舌皷《したつゞみ》を打《う》つて唾《つば》を嚥《の》んだ。勘次《かんじ》は只《たゞ》泣《な》いて居《ゐ》た。彼《かれ》はお品《しな》の發病《はつびやう》からどれ程《ほど》苦心《くしん》して其《その》身《み》を勞《らう》したか知《し》れぬ。お品《しな》の病氣《びやうき》を案《あん》ずる外《ほか》彼《かれ》の心《こゝろ》には何《なに》もなかつた。其《その》當時《たうじ》には卯平《うへい》に不平《ふへい》をいはれやうといふやうな懸念《けねん》は寸毫《すこし》も頭《あたま》に起《おこ》らなかつたのである。
 お品《しな》の死《し》は卯平《うへい》をも痛《いた》く落膽《らくたん》せしめた。卯平《うへい》は七十一の老爺《おやぢ》であつた。一昨年《をととし》の秋《あき》から卯平《うへい》は野田《のだ》の醤油藏《しやうゆぐら》へ火《ひ》の番《ばん》に傭《やと》はれた。卯平《うへい》はお品《しな》が三つの時《とき》に、死《し》んだお袋《ふくろ》の處《ところ》へ入夫《にふふ》になつたのである。五つの時《とき》から甘《あま》へたのでお品《しな》は卯平《うへい》に懷《なづ》いて居《ゐ》た。お袋《ふくろ》の生《い》きて居《ゐ》るうちは卯平《うへい》もまだ壯《さかり》であつたが、お袋《ふくろ》が亡《な》くなつて卯平《うへい》の皺《しわ》が深《ふか》く刻《きざ》まれてからは以前《いぜん》から善《よ》くなかつた勘次《かんじ》との間《あひだ》が段々《だん/\》隔《へだ》つて、お品《しな》もそれには困《こま》つた。到頭《たうとう》村《むら》の紹介業《せうかいげふ》をして居《ゐ》る者《もの》の勸《すゝ》めに任《まかせ》て卯平《うへい》がいふ儘《まゝ》に奉公《ほうこう》に出《だ》したのであつた。
 病人《びやうにん》の枕元《まくらもと》に居《ゐ》た近所《きんじよ》の者《もの》は一|杯《ぱい》の茶《ちや》を啜《すゝ》つて村《むら》の姻戚《みより》へ知《し》らせに出《で》るものもあつた。それから葬式《さうしき》のことに就《つ》いて相談《さうだん》をした。葬式《さうしき》はほんの姻戚《みより》と近所《きんじよ》とだけで明日《あす》の内《うち》に濟《すま》すといふことに極《き》めた。夜《よ》があけると近所《きんじよ》の人々《ひとびと》は寺《てら》へ行《い》つたり無常道具《むじやうだうぐ》を買《か》ひに行《い》つたり、他村《たそん》の姻戚《みより》への知《し》らせに行《い》つたりして家《いへ》には近所《きんじよ》の女房《にようばう》が二三|人《にん》義理《ぎり》をいひに來《き》て居《ゐ》た。姻戚《みより》といつてもお品《しな》の爲《た》めには待《ま》たなくては成《な》らぬといふものはないので勘次《かんじ》はおつぎと共《とも》に筵《むしろ》を捲《まく》つて、其處《そこ》へ盥《たらひ》を据《す》ゑてお品《しな》の死體《したい》を淨《きよ》めて遣《や》つた。劇烈《げきれつ》な病苦《びやうく》の爲《た》めに其《その》力《ちから》ない死體《したい》はげつ
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