せた。
「へえ」勘次《かんじ》は只《たゞ》首《くび》を俛《た》れて居《ゐ》る。
「どうだね」内儀《かみ》さんは反覆《くりかへ》した。
「わしがにや、とつても持《も》ち切《き》れあんせん」勘次《かんじ》は萎《しを》れて顫《ふる》へて居《ゐ》る。
「おとつゝあは何《なん》ちんだんべな」おつぎは齒痒相《はがいさう》にいつて一|聲《せい》更《さら》に
「おとつゝあ」と力《ちから》を入《い》れて
「盜《と》らねえつて云《ゆ》へよ、おとつゝあ」
おつぎは熱心《ねつしん》に勘次《かんじ》を見《み》た。
「そんでも俺《おら》、あすこへ出《で》ちや、とつても白状《はくじやう》しねえ譯《わけ》にや行《ゆ》かねえよ」
「そんな料簡《れうけん》でなく私《わたし》は自分《じぶん》のが伐《き》つたんですつていへば、そんでいゝやうに始末《しまつ》してやるだから」内儀《かみ》さんが力《ちから》を附《つ》けて見《み》ても勘次《かんじ》は只《ただ》首《くび》を俛《た》れて居《ゐ》る。
「さう云《ゆ》へせえすりやえゝつちのになあ、おとつゝあは」おつぎは落膽《がつかり》したやうにいつた。内儀《かみ》さんとおつぎは恁《か》うして熟睡《じゆくすゐ》した身體《からだ》を直立《ちよくりつ》せしめやうと苦心《くしん》する程《ほど》の徒《むだ》な力《ちから》を盡《つく》したのであつた。
傭人《やとひにん》もすつかり眠《ねむ》りに落《お》ちたと思《おも》ふ頃《ころ》内儀《かみ》さんとおつぎとの黒《くろ》い姿《すがた》が竊《ひそか》に裏《うら》の竹藪《たけやぶ》に動《うご》いた。落《お》ちて居《ゐ》る竹《たけ》の枝《えだ》が足《あし》の下《した》にぽち/\と折《を》れて鳴《な》つた。乾《いぬゐ》の方《はう》の垣根《かきね》の側《そば》へ來《き》た時《とき》に内儀《かみ》さんは、垣根《かきね》の土《つち》に附《つ》いた處《ところ》を力任《ちからまか》せにぼり/\と破《やぶ》つた。おつぎも兩手《りやうて》を掛《か》けて破《やぶ》つた。幾年《いくねん》となしに隙間《すきま》を生《しやう》ずれば小笹《をざさ》を繼《つ》ぎ足《た》し/\しつゝあつた竹《たけ》の垣根《かきね》は、土《つち》の處《ところ》がどす/\に朽《く》ちて居《ゐ》るので直《すぐ》に大《おほ》きな穴《あな》が明《あ》いた。おつぎは其處《そこ》から潜《くぐ》つて出《で》た。突然《とつぜん》ぱた/\とけたゝましい羽音《はおと》が直《すぐ》頭《あたま》の上《うへ》で騷《さわ》いだ。竹《たけ》の梢《こずゑ》に泊《とま》つて居《ゐ》た鳩《はと》が俄《にはか》に驚《おどろ》いて遠《とほ》く逃《に》げたのである。
「さむしかないかい」内儀《かみ》さんは垣根越《かきねご》しに聞《き》いた。
「大丈夫《だいぢやうぶ》ですよ、お内儀《かみ》さん」おつぎは少《すこ》し歩《ある》き掛《か》けていつた。
「おやもうそつちの方《はう》へ行《い》つたのかい、それぢや彼處《あすこ》を叩《たゝ》くんだよ」内儀《かみ》さんはいつて分《わか》れた。おつぎは直《すぐ》に自分《じぶん》の裏戸口《うらどぐち》に立《た》つた。そつと開《あ》けて這入《はひ》つて見《み》ると、自分《じぶん》の家《うち》ながらおつぎはひやりとした。塒《とや》の鷄《にはとり》は闇《くら》い中《なか》で凝然《ぢつ》として居《ゐ》ながらくゝうと細《ほそ》い長《なが》い妙《めう》な聲《こゑ》を出《だ》した。鼠《ねずみ》が二三|匹《びき》がた/\と騷《さわ》いで、何《なに》かで壓《おさ》へつけられたかと思《おも》ふやうにちう/\と苦《くる》しげな聲《こゑ》を立《たて》て鳴《な》いた。おつぎは手探《てさぐ》りに壁際《かべぎは》の草刈鎌《くさかりがま》を執《と》つた。又《また》そつと戸《と》を閉《た》てゝ出《で》る時《とき》頸筋《くびすぢ》の髮《かみ》の毛《け》をこそつぱい手《て》で一攫《ひとつか》みにされるやうに感《かん》じた。おつぎは外《そと》の壁際《かべぎは》の草刈籠《くさかりかご》を脊負《せお》つた。どうした機會《はずみ》であつたか此《これ》も壁際《かべぎは》に立《た》て掛《か》けた竹箒《たけばうき》が倒《たふ》れて柄《え》がかちつと草刈籠《くさかりかご》を打《う》つた。おつぎはひよつと顧《かへり》みた。
夜《よる》は闇《やみ》である。凄《すご》く冴《さ》えた空《そら》へぞつくりと立《た》つた隣《となり》の森《もり》の梢《こずゑ》にくつゝいて天《あま》の川《がは》が低《ひく》く西《にし》へ傾《かたぶ》きつゝ流《なが》れて居《ゐ》る。
暫《しばら》くしておつぎは自分等《じぶんら》の手《て》で作《つく》つた蜀黍《もろこし》の側《そば》に立《た》つた。痩《や》せた蜀黍《もろこし》は眠《ねむ》つた
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