して居《ゐ》た。
「そりやさうさね、此《こ》の前《まへ》も私《わたし》の處《ところ》で救《すく》つて遣《や》つたのにそれに復《ま》たかうなんだから、まあ病氣《びやうき》さね此《これ》も、困《こま》つたもんだが然《しか》しあれを懲役《ちやうえき》に遣《や》つて見《み》た處《ところ》で子供等《こどもら》が泣《な》くばかりだからね、それにまあ本當《ほんたう》いへば一《ひと》つ村落《むら》に斯《か》うして居《ゐ》るんだから先《さき》が困《こま》り切《き》つてる内《うち》に勘辨《かんべん》して遣《や》つたと成《な》ると一|生《しやう》先《さき》は身《み》がひけて居《ゐ》る道理《だうり》だがそれが一|杯《ぱい》の罪《つみ》にでも落《おと》して見《み》ると、先《さき》では帳消《ちやうけ》しにでも成《な》つたやうな積《つもり》で居《ゐ》まいものでもなし、さうすると敵《かたき》一人《ひとり》拵《こしら》へて置《お》くやうなものだしね、他人《ひと》に叩《たゝ》かれたのでは眠《ねむ》れるが、叩《たゝ》いたのでは眠《ねむ》れないとさへいふんだから、何《なん》でも後腹《あとばら》の病《や》めない方《はう》が善《い》いやうだがどうだね」
「そんでもお内儀《かみ》さん、わしや卯平《うへい》ことみじめ見《み》せてんのが他人《ひと》のこつても忌々敷《いめえましい》んでさ、わしや血氣《けつき》の頃《ころ》から卯平《うへい》たあ棒組《ぼうぐみ》で仕事《しごと》もしたんでがすが、卯平《うへい》はあんでもあれが嚊等《かゝあら》育《そだ》つ時分《じぶん》の事《こと》なんぞ思《おも》つちや疎末《そまつ》にや成《な》んねえんでがすかんね、それお内儀《かみ》さん卯平《うへい》は幾《いく》つに成《な》りあんすね、わし等《ら》だらなあに、あゝた野郎《やらう》なんざあ槍《やり》でゝも何《なん》でも突《つ》つ刺《ぷ》しつちあんでがすがね」老人《ぢいさん》は憤慨《ふんがい》に堪《た》へぬやうに固《かた》めた拳《こぶし》を膝《ひざ》がしらへ當《あ》てゝいつた。
「尤《もつと》もさねそりや、それだが腹《はら》の立《た》つ時分《じぶん》は憎《にく》い奴《やつ》だと思《おも》つても後悔《こうくわい》する時《とき》が無《な》いともい[#「い」に「ママ」の注記]ひないしね、少《すこ》しのことで二|代《だい》も三|代《だい》も仲直《なかなほ》りが出來《でき》ないやうな實例《ためし》が幾《いく》らも世間《せけん》には有《あ》るもんだからね」内儀《かみ》さんは反覆《くりかへ》していつた。然《しか》し容易《ようい》に彼等《かれら》の心《こゝろ》は落居《おちゐ》ない。暫《しばら》く噺《はなし》は途切《とぎれ》て居《ゐ》た。
「遠《とほ》くの方《はう》へ遣《や》つたなんていつたつけがおりせは又《また》孫《まご》が出來《でき》た相《さう》だね、今度《こんど》のは男《をとこ》だつてそれでも善《よ》かつたねえ」
内儀《かみ》さんは側《そば》に居《ゐ》た老母《ばあさん》へ向《む》いて突然《とつぜん》恁《か》ういひ掛《か》けた。さうして内儀《かみ》さんは冷《つめ》たく成《な》つて居《ゐ》た茶碗《ちやわん》を手《て》にした。其《そ》れを見《み》て被害者《ひがいしや》の女房《にようばう》は土間《どま》へ駈《か》けおりて竈《かまど》の口《くち》へ火《ひ》を點《つ》けてふう/\と火吹竹《ひふきだけ》を吹《ふ》いた。
「はあいさうでござりますよ、お内儀《かみ》さんの厄介《やつけえ》に成《な》りあんしたつけが、あれも今《いま》ぢや大層《たえそう》えゝ鹽梅《あんべい》でがしてない、四人目《よつたりめ》漸《やつ》とそんでも男《をとこ》でがすよ、お内儀《かみ》さんに云《や》あれた時《とき》にやわし等《ら》もはあ澁《しび》れえて居《ゐ》たんでがしたが、身上《しんしやう》もあん時《とき》かんぢやよくなるしね、兄弟中《きやうでえぢう》で今《いま》ぢやりせが一|番《ばん》だつて云《ゆ》つてつ處《とこ》なのせ、お内儀《かみ》さんあれなら大丈夫《でえぢよぶ》だからつて云《ゆつ》て呉《く》れあんしたつけが婿《むこ》も心底《しんてい》が善《よ》くつてね、爺婆《ぢゝばゝあ》げつて、わし等《ら》げ斯《か》うた物《もの》遣《よこ》しあんしたよ」老母《ばあさん》は待《ま》ち構《かま》へてゞも居《ゐ》たやうに小風呂敷《こぶろしき》の包《つゝみ》を解《と》いて手織《ており》のやうに見《み》える疎末《そまつ》な反物《たんもの》を出《だ》して手柄相《てがらさう》に見《み》せた。内儀《かみ》さんは仕方《しかた》ないといふ容子《ようす》で反物《たんもの》へ手《て》を掛《か》けて
「それでも孫《まご》抱《だ》きには行《い》つたかね」
「ほんに、わしや今日《けふ》らお内儀《
前へ
次へ
全239ページ中77ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング