《ゐ》た。おつぎは粘《ねば》り氣《け》のない麥《むぎ》の勝《か》つたぽろ/\な飯《めし》を鍋《なべ》へ入《い》れた。お品《しな》は麁朶《そだ》を一燻《いとく》べ突《つ》つ込んだ。おつぎは鍋《なべ》を卸《おろ》して茶釜《ちやがま》を懸《か》けた。ほうつと白《しろ》く蒸氣《ゆげ》の立《た》つ鍋《なべ》の中《なか》をお玉杓子《たまじやくし》で二三|度《ど》掻《か》き立《た》てゝおつぎは又《また》葢《ふた》をした。おつぎは戸棚《とだな》から膳《ぜん》を出《だ》して上《あが》り框《がまち》へ置《お》いた。柱《はしら》に點《つ》けてある手《て》ランプの光《ひかり》が屆《とゞ》かぬのでおつぎは手探《てさぐ》りでして居《ゐ》る。お品《しな》は左手《ひだりて》に抱《だ》いた與吉《よきち》の口《くち》へ箸《はし》の先《さき》で少《すこ》しづ[#「づ」に「ママ」の注記]ゝ含《ふく》ませながら雜炊《ざふすゐ》をたべた。お品《しな》は芋《いも》を三つ四つ箸《はし》へ立《た》てゝ與吉《よきち》へ持《も》たせた。與吉《よきち》は芋《いも》を口《くち》へ持《も》つていつて直《す》ぐに熱《あつ》いというて泣《な》いた。お品《しな》は與吉《よきち》の頻《ほゝ》をふう/\と吹《ふ》いてそれから芋《いも》を自分《じぶん》の口《くち》で噛《か》んでやつた。お品《しな》の茶碗《ちやわん》は恁《か》うして冷《ひ》えた。おつぎは冷《つめ》たくなつた時《とき》鍋《なべ》のと換《かへ》てやつた。お品《しな》は欲《ほ》しくもない雜炊《ざふすゐ》を三|杯《ばい》までたべた。幾《いく》らか腹《はら》の中《なか》の暖《あたゝ》かくなつたのを感《かん》じた。さうして漸《やうや》く水離《みづばな》れのした茶釜《ちやがま》の湯《ゆ》を汲《く》んで飮《の》んだ。おつぎは庭先《にはさき》の井戸端《ゐどばた》へ出《で》て鍋《なべ》へ一|杯《ぱい》釣瓶《つるべ》の水《みづ》をあけた。おつぎが戻《もど》つた時《とき》
「おつう、今夜《こんや》でなくつてもえゝや」とお品《しな》はいつた。おつぎは默《だま》つて俵《たわら》の側《そば》の手桶《てをけ》へ手《て》を掛《か》けて
「此《これ》へも水《みづ》入《せえ》て置《お》かなくつちやなんめえな」
「さうすればえゝが大變《たえへん》だらえゝぞ」
 お品《しな》がいひ切《き》らぬうちにおつぎは庭《には》へ出《で》た。直《す》ぐに洗《あら》つた鍋《なべ》と手桶《てをけ》を持《も》つて暗《くら》い庭先《にはさき》からぼんやり戸口《とぐち》へ姿《すがた》を見《み》せた。閾《しきゐ》へ一寸《ちよつと》手桶《てをけ》を置《お》いてお品《しな》と顏《かほ》を見合《みあは》せた。手桶《てをけ》の水《みづ》は半分《はんぶん》で兩方《りやうはう》の蒟蒻《こんにやく》へ水《みづ》が乘《の》つた。
 お品《しな》は三|人連《にんづれ》で東隣《ひがしどなり》へ風呂《ふろ》を貰《もら》ひに行《い》つた。東隣《ひがしどなり》といふのは大《おほ》きな一構《ひとかまへ》で蔚然《うつぜん》たる森《もり》に包《つゝ》まれて居《ゐ》る。
 外《そと》は闇《やみ》である。隣《となり》の森《もり》の杉《すぎ》がぞつくりと冴《さ》えた空《そら》へ突《つ》つ込《こ》んで居《ゐ》る。お品《しな》の家《いへ》は以前《いぜん》から此《こ》の森《もり》の爲《た》めに日《ひ》が餘程《よほど》南《みなみ》へ廻《まは》つてからでなければ庭《には》へ光《ひかり》の射《さ》すことはなかつた。お品《しな》の家族《かぞく》は何處《どこ》までも日蔭者《ひかげもの》であつた。それが後《のち》に成《な》つてから方方《はう/″\》に陸地測量部《りくちそくりやうぶ》の三|角測量臺《かくそくりやうだい》が建《た》てられて其《その》上《うへ》に小《ちひ》さな旗《はた》がひら/\と閃《ひらめ》くやうに成《な》つてから其《その》森《もり》が見通《みとほ》しに障《さは》るといふので三四|本《ほん》丈《だけ》伐《き》らせられた。杉《すぎ》の大木《たいぼく》は西《にし》へ倒《たふ》したのでづしんとそこらを恐《おそ》ろしく搖《ゆる》がしてお品《しな》の庭《には》へ横《よこ》たはつた。枝《えだ》は挫《くぢ》けて其《その》先《さき》が庭《には》の土《つち》をさくつた。それでも隣《となり》では其《その》木《き》の始末《しまつ》をつける時《とき》にそこらへ散《ち》らばつた小枝《こえだ》や其《その》他《た》の屑物《くづもの》はお品《しな》の家《いへ》へ與《あた》へたので思《おも》ひ掛《が》けない薪《たきゞ》が出來《でき》たのと、も一《ひと》つは幾《いく》らでも東《ひがし》が隙《す》いたのとで、隣《となり》では自分《じぶん》の腕《うで》を斬《き》られたやうだと惜《
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