包《ふろしきづゝみ》を持《も》つて歸《かへ》つた。彼《かれ》が戸口《とぐち》に立《た》つた時《とき》は家《うち》の内《なか》は眞闇《まつくら》で一寸《ちよつと》は物《もの》の見分《みわけ》もつかなかつた。
 草臥《くたび》れ切《き》つた身體《からだ》で彼《かれ》は其《その》夜《よ》も二人《ふたり》を連《つ》れて、自分《じぶん》の所有《もの》ではない其《その》茂《しげ》つた小《ちひ》さな桑畑《くはばたけ》を越《こ》えて南《みなみ》の風呂《ふろ》へ行《い》つた。其處《そこ》にはいつものやうに風呂《ふろ》を貰《もら》ひに女房等《にようばうら》が聚《あつま》つて居《ゐ》た。
「能《よ》くなあ、おつうはよき[#「よき」に傍点]こと面倒《めんだう》見《み》んな、女《をんな》の子《こ》は斯《か》うだからいゝのさな、直《す》ぐ役《やく》に立《た》つかんな」女房《にようばう》の一人《ひとり》がいつた。
「おつぎはどうしたんでえ、今夜《こんや》ひどく威勢《ゐせえ》惡《わり》いな」他《た》の女房《にようばう》がいつた。
「先刻《さつき》俺《おれ》に打《ぶ》つとばされたかんでもあんべえ」勘次《かんじ》は苦笑《くせう》しながらいつた。
「何《なん》でだつぺなまあ、おめえそんなに仕《し》ねえで面倒《めんだう》見《み》てやらつせえよ、此《こ》れがおめえ女《をんな》つ子《こ》でもなくつて見《み》さつせえ、こんな小《ちひせ》えの抱《だけ》えて仕《し》やうあるもんぢやねえな」
「さうだともよ、こらおつうでも無《な》くつちや育《そだ》たなかつたかも知《し》んねえぞ、それこそ因果《いんぐわ》見《み》なくつちやなんねえや、なあおつう」女房等《にようばうら》はいつた。
「俺《おら》がとこちつともこら離《はな》んねえんだよ仕《し》やうねえやうだよ本當《ほんたう》に」おつぎはもう段々《だん/\》手《て》に餘《あま》つて來《き》た與吉《よきち》を膝《ひざ》にしていつた。
「今《いま》ぢや、まるつきしおつかのやうな氣《き》がしてんだな、屹度《きつと》」女房《にようばう》らはまた與吉《よきち》を見《み》ていつた。勘次《かんじ》は側《そば》で只《たゞ》目《め》を屡叩《しばたゝ》いた。
 家《うち》へ戻《もど》つてから勘次《かんじ》は
「おつう、手《て》ランプ持《も》つて來《き》て見《み》せえ、汝《われ》げ見《み》せるものあんだから」
 おつぎは出《で》る時《とき》に吹消《ふつけし》たブリキの手《て》ランプを點《つ》けて、まだ容子《ようす》がはき/\としなかつた。勘次《かんじ》は先刻《さつき》の風呂敷包《ふろしきづゝみ》を解《と》いた。小《ちひ》さく疊《たゝ》んだ辨慶縞《べんけいじま》の單衣《ひとへ》が出《で》た。
「汝《われ》げ此《これ》遣《や》んべと思《おも》つて持《も》つて來《き》たんだ。此《こ》んでもなよ、おつかゞ地絲《ぢいと》で織《お》つたんだぞ、今《いま》ぢや絲《いと》なんぞ引《ひ》くものなあねえが、おつか等《ら》毎晩《まいばん》のやうに引《ひ》いたもんだ、紺《こん》もなあ能《よ》うく染《そ》まつてつから丈夫《ぢやうぶ》だぞ、おつかは幾《いく》らも引《ひ》つ掛《かけ》ねえつちやつたから、まあだまるつきり新《あたら》しいやうだ見《み》ろ、どうした手《て》ランプまつとこつちへ出《だ》して見《み》せえまあ」勘次《かんじ》は單衣《ひとへ》を少《すこ》し開《ひら》いて鼻《はな》へ當《あて》て臭《にほひ》を嗅《か》いで見《み》た。
「ちつたあ黴臭《かびくさ》くなつたやうだが、そんでも此《この》位《くれえ》ぢや一日《いちんち》干《ほ》せば臭《くさ》えな直《なほ》つから」勘次《かんじ》は分疏《いひわけ》でもするやうにいつた。
 おつぎは左手《ひだりて》に持《も》ち換《かへ》た手《て》ランプを翳《かざ》して單衣《ひとへ》を弄《いぢ》つては浴後《よくご》のつやゝかな顏《かほ》に微笑《びせう》を含《ふく》んだ。勘次《かんじ》はおつぎの顏《かほ》ばかり見《み》て居《ゐ》た。さうして其《そ》の機嫌《きげん》が恢復《くわいふく》しかけたのを見《み》て
「どうした、それでも汝《わ》りや氣《き》につたか、おつかゞ物《もの》はみんな汝《われ》がもんだかんな、俺《お》ら汝《わ》ツ等《ら》がだとなりや幾《いく》ら困《こま》つたつて、はあ決《けつ》して質《しち》になんざ置《お》かねえから、大事《でえじ》にして汝《われ》能《よ》うく藏《しま》つて置《お》いたえ」と彼《かれ》は滿足《まんぞく》らしく見《み》えた。おつぎは手《て》ランプを置《お》いて勘次《かんじ》がしたやうに鼻《はな》へ當《あ》てゝ臭《にほひ》を嗅《か》いで見《み》たり、左《ひだり》の手《て》だけを袖《そで》へ透《とほ》して見《み》たりした。
「俺《
前へ 次へ
全239ページ中49ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング