ん》を示《しめ》した。
「遠《とほ》いんだな、其處《そこ》へ行《い》つたらどうすんだんべ」
「機織《はたおり》するものもあれば百姓《ひやくしやう》するものもあんのよ」
「機教《はたをさ》れぢやよかんべな」
「何《なん》でえゝことあるもんか、家《うち》へなんざあ滅多《めつた》に來《き》られやしねえんだぞ、そんで朝《あさ》から晩迄《ばんまで》みつしら使《つか》あれて、それ處《どこ》ぢやねえ病氣《びやうき》に成《な》つたつて餘程《よつぽど》でなくつちや葉書《はがき》もよこさせやしねえ」
「そんぢや、さうえ處《とこ》へ行《い》つちやひでえな、逃《に》げて來《く》ることも出來《でき》ねえんだんべか」
「直《す》ぐ捉《つか》めえられつちあからそんなに遁《に》げられつかえ」
「巡査《じゆんさ》に捉《つか》まんだんべか」
「さうなもんか、巡査《じゆんさ》でなくつたつて遁《に》げ出《だ》せば直《す》ぐ捉《つか》めえるやうに人《ひと》が番《ばん》してんのよ、なあ、そんでもなくつちや遠《とほ》くの者《もの》ばかり頼《たの》んで置《お》くんだもの仕《し》やうあるもんか」
「そんでも厭《や》だつちつたらどうすんだんべ」
「厭《や》だなんていつた位《くれえ》ひでえとも立金《たてきん》しなくつちやなんねえから」
「どういにすんだんべそら」
「そらなあ、幾《いく》ら勤《つと》めたつて途中《とちう》で厭《や》だからなんて出《で》つちめえば、借《か》りた丈《だけ》の給金《きふきん》はみんな取《と》つくる返《け》えされんのよ、なあ、それから泣《な》き/\も居《ゐ》なくつちやなんねえのよ」
「そんぢや俺《お》らさうえ處《とこ》へ行《い》かねえでよかつたつけな」おつぎは熱心《ねつしん》にいつた。
「そんだから汝等《わツら》こた遣《や》りやしねえ。汝《われ》こと奉公《ほうこう》にやれば其《そ》の錢《ぜね》で俺《お》ら借金《しやくきん》も無《な》くなるし、よき[#「よき」に傍点]ことだつて輕業師《かるわざ》げでも出《だ》しつちめえばそれこそ樂《らく》になつちあんだが、おつかゞ無《な》くつちや辛《つれ》えつて後《あと》で泣《な》かれんの厭《や》だから俺《お》ら土《ちゝ》噛《かぢ》つてもそんな料簡《れうけん》は出《だ》さねんだ」
「おとつゝあ、奉公《ほうこう》すれば借金《しやくきん》なくなんだんべか」
「おつかせえ居《え》れば汝《われ》ことも奉公《ほうこう》に出《だ》して、おとつゝあ等《ら》もえゝ錢《ぜね》捉《つか》めえんだが、おつかゞ無《な》くなつておとつゝあだつて困《こま》つてんだ、それから汝《われ》だつて奉公《ほうこう》に行《い》つた積《つもり》で辛抱《しんばう》するもんだ、なあ、俺《お》ら汝等《わツら》げみじめ見《み》せてえこたあ有《あ》りやしねんだから」
 勘次《かんじ》はしみ/″\と反覆《くりかへ》した。
 勘次《かんじ》はおつぎに身體《からだ》不相應《ふさうおう》な仕事《しごと》をさせて居《ゐ》ることを知《し》つて居《ゐ》る。それで自分《じぶん》が朝《あさ》は屹度《きつと》先《さき》へ起《お》きて竈《かまど》の下《した》へ火《ひ》を點《つ》ける。其《そ》の時《とき》疲《つか》れた少女《せうぢよ》はまだぐつたりと正體《しやうたい》もなく枕《まくら》からこけて居《ゐ》る。白《しろ》い蒸氣《ゆげ》が釜《かま》の蓋《ふた》から勢《いきほ》ひよく洩《も》れてやがて火《ひ》が引《ひ》かれてからおつぎは起《おこ》される。帯《おび》を締《しめ》た儘《まゝ》横《よこ》になつたおつぎは容易《ようい》に開《あ》かない目《め》をこすつて井戸端《ゐどばた》へ行《ゆ》く。蓬々《ぼう/\》と解《と》けた髮《かみ》へ櫛《くし》を入《い》れて冷《つめ》たい水《みづ》へ手《て》を入《い》れた時《とき》おつぎは漸《やうや》く蘇生《いきかへ》つたやうになる。それでも目《め》はまだ赤《あか》くて態度《たいど》がふら/\と懶相《だるさう》である。
「さあ、飯《おまんま》出來《でき》たぞ」勘次《かんじ》は釜《かま》から茶碗《ちやわん》へ飯《めし》を移《うつ》す。さうして自分《じぶん》で農具《のうぐ》を執《と》つておつぎへ持《も》たせてそれからさつさと連《つ》れ出《だ》すのである。
 籾種《もみだね》がぽつちりと水《みづ》を突《つ》き上《あ》げて萌《も》え出《だ》すと漸《やうや》く強《つよ》くなつた日光《につくわう》に緑《みどり》深《ふか》くなつた嫩葉《わかば》がぐつたりとする。軟《やはら》かな風《かぜ》が凉《すゞ》しく吹《ふ》いて松《まつ》の花粉《くわふん》が埃《ほこり》のやうに濕《しめ》つた土《つち》を掩《おほ》うて、小麥《こむぎ》の穗《ほ》にもびつしりと黴《かび》のやうな花《はな》が附《つ》いた。百姓《
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