春《はる》の徴候《きざし》でなければならなかつた。
 然《しか》しながら卯平《うへい》は只《たゞ》獨《ひと》り其《その》群《むれ》に加《くは》はらなかつた。老人等《としよりら》の勢《いきほ》ひがごつと庭《には》に移《うつ》つた時《とき》寮《れう》の内《うち》は其《そ》の騷《さわ》ぎの聲《こゑ》が一|杯《ぱい》に襲《おそ》ひ來《き》て喧《やかま》しいにも拘《かゝは》らず寂《さび》しかつた。圍爐裏《ゐろり》の火《ひ》も灰《はひ》が白《しろ》く掩《おほ》うて滅切《めつきり》と衰《おとろ》へた。卯平《うへい》は凝然《ぢつ》と腕《うで》を拱《こまね》いた儘《まゝ》眼《め》を蹙《しか》めて燃《も》え退《の》いた薪《まき》をすら突《つ》き出《だ》さうとしなかつた。彼《かれ》には庭《には》の節制《だらし》のない騷《さわ》ぎの聲《こゑ》が其《そ》の耳《みゝ》を支配《しはい》するよりも遠《とほ》く且《かつ》遙《はるか》な闇《やみ》に何物《なにもの》をか搜《さが》さうとしつゝあるやうに只《たゞ》惘然《ばうぜん》として居《ゐ》るのであつた。與吉《よきち》は紙包《かみづゝ》みの小豆飯《あづきめし》を盡《つく》して暫《しば》らく庭《には》の騷《さわ》ぎを見《み》て居《ゐ》たが寮《れう》の内《うち》に※[#「煢−冖」、第4水準2−79−80]然《ぽつさり》として居《ゐ》る卯平《うへい》を見出《みいだ》して圍爐裏《ゐろり》に近《ちか》く迫《せま》つた。
「爺《ぢい》くんねえか」と彼《かれ》は又《また》何時《いつ》ものやうに卯平《うへい》に甘《あま》えた。卯平《うへい》は其《その》聲《こゑ》を聞《き》いても暫《しばら》く蹙《しが》んだ儘《まゝ》で居《ゐ》た。
 立春《りつしゆん》の日《ひ》を過《す》ぎてから、却《かへつ》て黄昏《たそがれ》の果敢《はか》ない薄《うす》い光《ひかり》の空《そら》に吹《ふ》き落《お》ちる筈《はず》の西風《にしかぜ》が何《なに》を憤《いか》つてか吹《ふ》いて/\吹《ふ》き捲《まく》つて、夜《よ》に渡《わた》つても幾日《いくにち》か止《や》まぬ程《ほど》な稀有《けう》な現象《げんしやう》に伴《ともな》うて、鬼怒川《きぬがは》の淺瀬《あさせ》が氷《こほり》に閉《とざ》されて、軈《やが》て氷《こほり》の塊《かたまり》が流《なが》れたといふ噂《うはさ》が立《た》つたことがあつた。卯
前へ 次へ
全478ページ中385ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング