とき》から彼《かれ》には心掛《こころがか》りであつた。すぐつた藁《わら》も繩《なは》も別《べつ》に取《と》つて置《お》きながら只《たゞ》忙《せは》しくて放棄《うつちや》つて出《で》て行《い》つたのである。
お品《しな》は毎日《まいにち》閉《し》め切《き》つて居《ゐ》た表《おもて》の雨戸《あまど》を一|枚《まい》だけ開《あ》けさせた。からりとした蒼《あを》い空《そら》が見《み》えて日《ひ》が自分《じぶん》の居《ゐ》る蒲團《ふとん》に近《ちか》くまで偃《は》つた。お品《しな》は此《こ》れまでは明《あか》るい外《そと》を見《み》ようと思《おも》ふには餘《あま》りに心《こゝろ》が鬱《うつ》して居《ゐ》た。お品《しな》は庭先《にはさき》の栗《くり》の木《き》から垂《た》れた大根《だいこ》が褐色《かつしよく》に干《ひ》て居《ゐ》るのを見《み》た。おつぎも勘次《かんじ》の横《よこ》へ筵《むしろ》を敷《し》いて又《また》大根《だいこ》を切《き》つて居《ゐ》る。其《その》庖丁《はうちやう》のとん/\と鳴《な》る間《あひだ》に忙《せは》しく八人坊主《はちにんばうず》を動《うご》かしてはさらさらと藁《わら》を扱《しご》く音《おと》が微《かす》かに交《まじ》つて聞《きこ》える。お品《しな》は二人《ふたり》の姿《すがた》を前《まへ》にして酷《ひど》く心強《こゝろづよ》く感《かん》じた。其《そ》の日《ひ》は栗《くり》の木《き》に懸《か》けた大根《だいこ》の動《うご》かぬ程《ほど》穩《おだや》かな日《ひ》であつた。お品《しな》は此《こ》の分《ぶん》で行《ゆ》けば一枚紙《いちまいがみ》を剥《は》がすやうに快《こゝろ》よくなることゝ確信《かくしん》した。勘次《かんじ》は藁俵《わらだはら》を編《あ》み了《を》へて、さうして端《はし》を縛《しば》つた小《ちひ》さな藁《わら》の束《たば》を丸《まる》く開《ひら》いて、それを足《あし》の底《そこ》に踏《ふ》んで踵《かゝと》を中心《ちうしん》に手《て》と足《あし》とを筆規《ぶんまはし》のやうにしてぐる/\と廻《まは》りながら丸《まる》い俵《たはら》ぼつちを作《つく》つた。勘次《かんじ》はお品《しな》がどうにか始末《しまつ》をして置《お》いた麥藁俵《むぎわらだはら》を明《あ》けて仕上《しあ》げた計《ばか》りの藁俵《わらだはら》へ米《こめ》を量《はか》り込《こ》
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