卯平《うへい》は村落《むら》に歸《かへ》つてから往年《むかし》の伴侶《なかま》の間《あひだ》へ再《ふたゝ》び加《くはゝ》つて念佛衆《ねんぶつしゆう》の一|人《にん》になつた。家《いへ》に在《あ》つては孫《まご》の守《もり》をしたりしてどうしても獨《ひとり》離《はな》れた樣《やう》に成《な》つて居《ゐ》る各自《てんで》が暢氣《のんき》にさうして放埓《はうらつ》なことを云《い》ひ合《あ》うて騷《さわ》ぐので念佛寮《ねんぶつれう》は只《たゞ》愉快《ゆくわい》な場所《ばしよ》であつた。彼岸《ひがん》へ掛《か》けては殊《こと》に毎日《まいにち》愉快《ゆくわい》であつた。何處《どこ》の家《うち》からもそれ相應《さうおう》に佛《ほとけ》へというて供《そな》へる馳走《ちさう》に飽《あ》いて卯平《うへい》は始《はじ》めて滿足《まんぞく》した口《くち》を拭《ぬぐ》ふことが出來《でき》たのであつた。卯平《うへい》は段々《だん/\》時候《じこう》が暖《あたゝ》かく成《な》るに連《つ》れて身體《からだ》ものんびりとして案《あん》じて居《ゐ》た病氣《びやうき》の惱《なや》みも少《すこ》しづつ薄《うす》らいだ。彼《かれ》は手《て》もとの凡《すべ》てが不自由《ふじいう》だらけな生活《せいくわつ》に還《かへ》つて來《き》たとはいふものゝ衰《おとろ》へた身體《からだ》を自分《じぶん》から毎夜《まいよ》苛《いぢ》める樣《やう》に引《ひ》き立《た》てゝ居《ゐ》る奉公《ほうこう》の務《つと》めをして居《ゐ》た當時《たうじ》と比《くら》べて、寧《むし》ろ相《あひ》反《はん》した放縱《はうじう》な日頃《ひごろ》が自然《しぜん》に精神《せいしん》にも肉體《にくたい》にも急激《にはか》な休養《きうやう》を與《あた》へたので彼《かれ》は自分《じぶん》ながら一|時《じ》はげつそりと衰《おとろ》へた樣《やう》にも思《おも》はれて、懶《ものう》さに堪《た》へぬ樣《やう》に成《な》つたがそれでも其《そ》の休養《きうやう》の爲《ため》に幾《いく》らづゝでも持病《ぢびやう》の苦《くる》しみを減《げん》じたので、さういふ理由《わけ》を知《し》らない彼《かれ》は、此《こ》の分《ぶん》では二三|年《ねん》はまだ野田《のだ》に居《ゐ》た方《はう》が増《ま》しであつたと後悔《こうくわい》の念《ねん》が湧《わ》くこともあつた。
 季節
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