く》めていつた。袂《たもと》で口《くち》を抑《おさ》へて女房等《にようばうら》は笑《わらひ》を殺《ころ》した。兼《かね》博勞《ばくらう》は態《わざ》と笑《わらひ》を嚥《の》んで再《ふたゝ》び板《いた》の間《ま》に胡坐《あぐら》を掻《か》いた。
 勘次《かんじ》は小《ちひ》さな時分《じぶん》から侮《あなど》られて能《よ》く泣《な》かされた。彼《かれ》は恐《おそ》ろしい泣蟲《なきむし》であつた。彼《かれ》は何時《いつ》の間《ま》にか燗鍋《かんなべ》といふ綽名《あだな》を附《つ》けられた。彼《かれ》は心《こゝろ》に幾《いく》ら其《そ》れを嫌《きら》つたか知《し》れない。卅|越《こ》えて四十に成《な》つても彼《かれ》は鍋《なべ》といふのが酷《ひど》く厭《いや》であつた。村落《むら》ではそれを知《し》らぬ者《もの》はない。或《ある》時《とき》惡戯好《いたづらずき》な兼《かね》博勞《ばくらう》が勘次《かんじ》の刈《かつ》て居《ゐ》る稻《いね》を、此《これ》は何《なん》だえと聞《き》いた。態《わざ》と聞《き》いたのであつた。其《そ》れは鍋割《なべわ》れとも、それから芒《のげ》が白《しろ》いので白芒《しらのげ》とも云《い》ふのであつたが勘次《かんじ》は
「此《これ》は白坊主《しろばうず》」とそつけなくいつた。彼《かれ》は鍋《なべ》といふのが厭《いや》でさういつたのである。兼《かね》博勞《ばくらう》はうまく或《ある》物《もの》を攫《とら》へた樣《やう》に得意《とくい》に成《な》つて村落中《むらぢゆう》へ響《ひゞ》かせた。口《くち》の惡《わる》い百姓等《ひやくしやうら》は勘次《かんじ》がおつぎを連《つ》れて田《た》へ出《で》て居《ゐ》るのを見《み》て
「白坊主等《しろばうずら》夫婦《ふうふ》して耕《うな》つてら」抔《など》と放言《はうげん》することすらあるのであつた。
 茶碗《ちやわん》には一|杯《ぱい》づつ酒《さけ》が注《つ》がれた。一|同《どう》はしをらしく茶碗《ちやわん》を口《くち》に當《あ》てた。
「恁《こ》んな物《もの》でよけりや、夥多《みつしら》やつておくんなせえ、まあだ後《あと》にも有《あ》りやんすから」内《うち》の女房《にようばう》は鹽《しほ》で煮《に》たかと思《おも》ふ樣《やう》な白《しろ》つぽい馬鈴薯《じやがたらいも》の大《おほ》きな皿《さら》を膳《ぜん》へ乘《の》
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