うなが》し促《うなが》し交互《たがひ》に唄《うた》の聲《こゑ》を張《は》り揚《あ》げて踊《をど》る。太鼓《たいこ》の手《て》は疲《つか》れゝば更《さら》に人《ひと》が交代《かうたい》して撥《ばち》も折《を》れよと鳴《な》らす。踊子《をどりこ》は皆《みな》一|杯《ぱい》に裝飾《さうしよく》した笠《かさ》を戴《いたゞ》いて居《ゐ》る。裝飾《さうしよく》といつても夜目《よめ》に鮮《あざ》やかな樣《やう》に、饅頭《まんぢう》や其《そ》の他《た》の物《もの》を包《つゝ》む白《しろ》いへぎ[#「へぎ」に傍点]皮《かは》を夥《おびたゞ》しく括《くゝ》り附《つ》けて置《お》くのである。其《そ》れが月光《げつくわう》を遮《さへぎ》つて居《ゐ》る樅《もみ》の木陰《こかげ》に著《いちじ》るしく目《め》に立《た》つて、身《み》を動《うご》かす度《たび》に一|齊《せい》にがさがさと鳴《な》りながら波《なみ》の如《ごと》く動《うご》いて彼等《かれら》の風姿《ふうし》を添《そ》へて居《ゐ》る。彼等《かれら》が幾夜《いくよ》も踊《をど》つて不用《ふよう》に歸《き》した時《とき》には、それが彼等《かれら》の歩《ある》いた路《みち》の傍《はた》に埃《ほこり》に塗《まみ》れながら到《いた》る處《ところ》に抛棄《はうき》せられて散亂《さんらん》して居《ゐ》るのを見《み》るのである。
其《そ》の踊《をどり》の周圍《しうゐ》には漸《やうや》く村落《むら》の見物《けんぶつ》が聚《あつま》つた。混雜《こんざつ》して群集《ぐんしふ》と少《すこ》し離《はな》れて村落《むら》の俄商人《にはかあきんど》が筵《むしろ》を敷《し》いて駄菓子《だぐわし》や梨《なし》や甜瓜《まくはうり》や西瓜《すゐくわ》を並《なら》べて居《ゐ》る。油煙《ゆえん》がぼうつと騰《あが》るカンテラの光《ひかり》がさういふ凡《すべ》てを凉《すゞ》しく見《み》せて居《ゐ》る。殊《こと》に斷《た》ち割《わ》つた西瓜《すゐくわ》の赤《あか》い切《きれ》は小《ちひ》さな店《みせ》の第《だい》一の飾《かざ》りである。踊子《をどりこ》の渇《かつ》した喉《のど》には自分等《じぶんら》が立《た》てる埃《ほこり》の掛《かゝ》るのも頓着《とんちやく》なく只管《ひたすら》それを佳味《うま》く感《かん》ずるのである。それが少女《せうぢよ》であれば少《すくな》くとも三四|人《
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