《い》つた。其《そ》の日《ひ》は朝《あさ》から雨《あめ》なので勘次《かんじ》は仕事《しごと》にも出《で》られず、火鉢《ひばち》へ少《すこ》しづゝ木《き》の根《ね》を燻《く》べてあたつて居《ゐ》た。
「雨《あめ》で困《こま》つたな、勘次《かんじ》は大分《だいぶ》勉強《べんきやう》する相《さう》だな」巡査《じゆんさ》は帶劍《たいけん》の鞘《さや》を掴《つか》んでいつた。
「へえ」勘次《かんじ》は急《きふ》に膝《ひざ》を立《た》て直《なほ》した。表《おもて》の戸口《とぐち》へひよつこり現《あらは》れた巡査《じゆんさ》の、外套《ぐわいたう》の頭巾《づきん》を深《ふか》く被《かぶ》つて居《ゐ》る顏《かほ》が勘次《かんじ》には只《たゞ》恐《おそ》ろしく見《み》えた。さうして其《そ》の聲《こゑ》が刺《とげ》を含《ふく》んで響《ひゞ》いた。巡査《じゆんさ》はぶらりと家《いへ》の横手《よこて》へ行《い》つて壁際《かべぎは》の木《き》の根《ね》を見《み》た。勘次《かんじ》は巡査《じゆんさ》の後《あと》から跟《つ》いて行《い》つた。
「大分《だいぶ》有《あ》るな、此《こ》れは又《また》わしの來《く》るまで動《うご》かしちやならないからな」巡査《じゆんさ》はいつた。勘次《かんじ》は蒼《あを》くなつた。
「此《こ》らわしが貰《もら》つて掘《ほ》つたんでがすから何處《どこ》と何處《どこ》つて穴《あな》つ子《こ》までちやんと分《わか》つてんでがすから」彼《かれ》は慌《あわ》てゝいつた。
「そんなことはどうでもいゝんだ、動《うご》かすなといつたら動《うご》かさなけりやいゝんだ」
巡査《じゆんさ》は呼吸《いき》で霧《きり》のやうに少《すこ》し霑《ぬ》れた口髭《くちひげ》を撚《ひね》りながら
「櫟《くぬぎ》の根《ね》が大分《だいぶ》あるやうだな」といひ棄《す》てゝ去《さ》つた。勘次《かんじ》は雨《あめ》に打《う》たれつゝ喪心《さうしん》したやうに庭《には》に立《た》つて居《ゐ》る。戸口《とぐち》の蔭《かげ》に隱《かく》れて聞《き》いて居《ゐ》たおつぎは巡査《じゆんさ》の去《さ》つた後《のち》漸《やうや》く姿《すがた》を表《あら》はした。
「おとつゝあ」と小聲《こごゑ》で喚《よ》んだ。
「そんだから俺《お》ら持《も》つて來《く》んなつてゆつたのに」更《さら》に小聲《こごゑ》でおつぎはいつた。
「おとつ
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