から林《はやし》へ還《かへ》りつゝある。お品《しな》は非常《ひじやう》な注意《ちうい》を以《もつ》て斜《なゝめ》な橋《はし》を渡《わた》つた。四足目《よあしめ》にはもう田圃《たんぼ》の土《つち》に立《た》つた。其《その》時《とき》は日《ひ》は疾《とう》に沒《ぼつ》して見渡《みわた》す限《かぎ》り、田《た》から林《はやし》から世間《せけん》は只《たゞ》黄褐色《くわうかつしよく》に光《ひか》つてさうしてまだ明《あか》るかつた。お品《しな》は田圃《たんぼ》からあがる前《まへ》に天秤《てんびん》を卸《おろ》して左《ひだり》へ曲《まが》つた。自分《じぶん》の家《いへ》の林《はやし》と田《た》との間《あひだ》には人《ひと》の足趾《あしあと》だけの小徑《こみち》がつけてある。お品《しな》は其《その》小徑《こみち》と林《はやし》との境界《さかひ》を劃《しき》つて居《ゐ》る牛胡頽子《うしぐみ》の側《そば》に立《たつ》た。鷄《にはとり》の爪《つめ》の趾《あと》が其處《そこ》の新《あた》らしい土《つち》を掻《か》き散《ち》らしてあつた。お品《しな》は土《つち》を手《て》で聚《あつ》めて草履《ざうり》の底《そこ》でそく/\とならした。お品《しな》の姿《すがた》が庭《には》に見《み》えた時《とき》には西風《にしかぜ》は忘《わす》れたやうに止《や》んで居《ゐ》て、庭先《にはさき》の栗《くり》の木《き》にぶつ懸《か》けた大根《だいこ》の乾《から》びた葉《は》も動《うご》かなかつた。白《しろ》い鷄《にはとり》はお品《しな》の足《あし》もとへちよろ/\と駈《か》けて來《き》て何《なに》か欲《ほ》し相《さう》にけろつと見上《みあげ》た。お品《しな》は平常《いつも》のやうに鷄《にはとり》抔《など》へ構《かま》つては居《ゐ》られなかつた。お品《しな》は戸口《とぐち》に天秤《てんびん》を卸《おろ》して突然《いきなり》
「おつう」と喚《よ》んだ。
「おつかあか」と直《すぐ》におつぎの返辭《へんじ》が威勢《ゐせい》よく聞《きこ》えた。それと同時《どうじ》に竈《かまど》の火《ひ》がひら/\と赤《あか》くお品《しな》の目《め》に映《うつ》つた。朝《あさ》から雨戸《あまど》は開《あ》けないので内《うち》はうす闇《くら》くなつて居《ゐ》る。外《そと》の光《ひかり》を見《み》て居《ゐ》たお品《しな》の目《め》には直《す》
前へ
次へ
全478ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング