おもひ出でられて
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我さへにこのふる雨のわびしきにいかにかいます母は一人して
いさゝかのゆがめる障子引き立てゝなに見ておはす母が目に見ゆ
張り換へむ障子もはらず來にければくらくぞあらむ母は目よわきに
こゝにしてすゝびし障子懷へれば母よと我は喚ぶべくなりぬ
※[#「耒+婁」、第4水準2−85−9]斗菜を母と二人が見てし日は障子はいまだ白かりしかど
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病室の内に雨を聽き暮して明くればまだきに彼の山茶花のもとに思ひ煩ひて
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からくして低きが枝にのこれりし山茶花のはな散りにけるかも
山茶花のはかなき花は雨故に土には散りて流されにけり
山茶花のあけの空しく散る花を血にかも散ると思ひ我が見る
山茶花はむなしくなりぬ我が病癒えむと告ぐる言も聞かなくに
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仔細に見るに葉の間に半開の蕾只一つすがりたるがいとほしくて
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山茶花よそをだに見むと思へるに散らなくあれな我が去ぬるまでに
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二月廿日といふに漸く病院を出づ、七十八日の間我を慰めし花は只一株の山茶花に過ぎざりけるを、けふを限りと復た更に其の傍に立ちて見るに、思はざる花の綻びたるがそれも彼方に一つ此方に一つと只二つのみに餘所にはふゝめる枝もなし、此の花遂に我がためにのみさきつくしけるにこそとさへ思ひいでられて
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我がおもふ人にあらなくに山茶花は一樹が枝に相隔りぬ
山茶花の畢《つひ》なる花は枝ながら背きてさけり我は向けども
山茶花のはなは見果てゝ去ぬらくに人は在處《ありど》も知るよしもなく
此の如ありける花を世の中に一人ぞ思ふ其の遙けきも
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三月七日、暫しが程と郷にかへる、三日ばかりして歸りこんと出で行きて既に四月にもなりたれば、あたりはさながら忘れ去りたるやうなるを一日二日とある程に
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ゆくりなく拗切《ちぎ》りてみつる蠶豆の青臭くして懷しきかも
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蠶豆はまだ短くして、たとへば土に落ちたる生石灰の石のやうなるが自ら水分をふくみてほとびつゝあるが如し、我も此より遠く西國の旅に赴かむとすれば
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蠶豆の柱の如き莖たゝばいづべに我は人おもひ居らむ
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