なうれひそと人はいへどもまたけくてあらばかあらむ我愁ひざれや
人は我ははかなきものかひたすらに悲しといふもわがためにのみ
[#ここから6字下げ]
病院の一室に年を迎へて
[#ここで字下げ終わり]
我が命としほぎ草のさち草の日蔭《ひかげ》の蔓《かづら》ながくとをのる
衰ふる我が顔さびしこゝにだにあけに映えよとあけの紙|貼《は》る
病中雜咏
[#ここから6字下げ]
明治四拾四年十二月廿四日、ふと出でありくことありて此の日ばかり夜に入りて病室に歸り來れば、むすびし儘に派手なる袱紗のつゝみ一つ電燈のもとにおかれたり、怪みて解きみれば我が爲に心づくしの品は出できにたるに、赤きインキもて書かれし手紙も添へられつ、四たびまで立ち入りがてに病院の門を行き過して、けふ始めておとづれきといふに思ひ設けぬことなれば待たんやうもなく、今は悔ゆれども及ばずなりぬ、されどわれ生れて卅三年はじめて婦人の情味を解したるを覺えぬ、我は感謝の念に堪へず、其の人一たびは我と手を携ふべかりつるに悪性の病生じたれば我に引き止めむ力もなく、斯くて離れたるものゝ合ふべき機會は永久に失はれ果てぬ、其の夜はふくるまで思の限り長き手紙に筆執りて、生涯の願いま一たびおとづれ給ひてんやと書きつけゝるを、夜もすがら思は掻亂れて、明くれば痛き頭を抑へつゝ庭の寒き梢に目を放ちて
[#ここで字下げ終わり]
四十雀なにさはいそぐこゝにある松が枝にはしばしだに居よ
[#ここから6字下げ]
袱紗の地はつゆ草の花のいろなるを、人は鬼怒川のみなかみに我とおなじ西岸に棲めれば、想を故郷の秋に馳するに、なよ/\とせるつゆ草の馬の腹七たび過ぐれども根は絶えずなど俚言に聞きけることもいまはなか/\に懷しく
[#ここで字下げ終わり]
鬼怒川の篠に交れる鴨跖草は刈る人なしに老ゆといはずやも
鬼怒川の岸のつゆ草打ち浸りさゝやくことは我はきけども
鴨跖草を岸に復た見ば我が思ふ人のあたりゆ持てりとを見む
いまにして人はすべなし鴨跖草《つゆぐさ》の夕さく花を求むるが如
つゆ草の花を思へばうなかぶし我には見えし其の人おもほゆ
からまるを否とたれかいふ鴨跖草の蔓だに絡め我はさびしゑ
病みてあればともしきものかつゆ草は馬がはめども枯れなくといふに
鴨跖草の種はあまたもこぼれども我がには生えずなにゝかはせむ
[#ここから6字下
前へ
次へ
全22ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング