げ]
廿九日、朝再び浮御堂に上る、此あたりの家々皆叺をつくるとて筵おり繩を綯ふ
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長繩の薦ゆふ藁の藁砧とゞと聞え來これの葦邊に

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湖畔には櫟の木疎らにならびたり
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布雲に叢雲かゝる近江の湖あさ過ぎくればしき鳴くや鵙

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比叡辻村來迎寺森可成墓
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冷かに木犀かをる朝庭の木蔭は闇き椰の落葉や

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志賀の舊都の蹟は大津町の北數町にして錦織といふ所に在り、即事
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さゝ彼の滋賀の縣の葱作り※[#「鹿/(鹿+鹿)」、第3水準1−94−76]朶垣つくるあらき※[#「鹿/(鹿+鹿)」、第3水準1−94−76]朶垣

澁柿の腐れて落つる青芝も畑も秋田もむかし志賀の宮

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此舊都の蹟は洵に形勝の地なり、以て天智天皇の剛邁果敢の英主なりしを想見すべし
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いにしへの近江縣は湖濶く稻の秀國うつそみもよき

うつゆふのさき國大和すみ棄てゝうべ知らしけむ志賀の宮どころ

滋賀つのや秋田もゆたに湖隔つ田上山はあやにうらぐはし

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弘文天皇山陵
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白妙のいさごもきよき山陵は花木犀のかをる瑞垣

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志賀宮の舊蹟を見て此の山陵を拜すれば一種の感慨なき能はず
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世の中は成れば成らねばかにかくに成らねば悲し此の大君ろ

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卅日、嵯峨に遊びて福田静處先生を訪ふ
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一むらは乏しき花の白萩に柿の梢の赤き此庵

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導かれて近傍の名所を探る、野々宮
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冷かに竹藪めぐる樫の木の木の間に青き秋の空かも

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小倉山時雨の亭に至る、くさ/″\の話のうちに茸狩りし趾の小き穴に栗の一つ宛落ちたるは烏のしわざなりなど語らるゝをきゝて
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繩吊りて茸山いまだはやければ烏のもてる栗もひりはず

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嵯峨より宇多野に到る
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小芒の淺山わたる秋風に梢吹きいたむ桐の木群か

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十月一日、栂尾
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栂尾の槭《もみぢ》は青き秋風に清瀧川の瀬をさむみかも

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二日、大津より彦根に渡る
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葦の邊の※[#「魚+入」、第3水準1−94−32]《いり》[#底本のルビ「いり」は「えり」か?]おもしろき近江の湖鴨うく秋になりにけるかも

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※[#「魚+入」、第3水準1−94−32]は水中に竹簀をたて圍みたるをいふ、魚とるためなり彦根城廓内
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鵯の晴を鳴く樹のさや/\に葛も薄も秋の風吹く

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天主閣にのぼる
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名を知らぬ末枯草の穗に茂き甍のうへに秋の虫鳴く

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夕、彦根を去らむとして湖水をのぞむ
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比良の山ながらふ雲に落つる日の夕かゞやきに葦の花白し

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三日、伊勢に入る
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宮路ゆく伊勢の白子は竹簾古りにしやどの秋蕎麥の花

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一身田村途上
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鵲豆《ふぢまめ》を曳く人遠く村雀稻の穗ふみて芋の葉に飛ぶ

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四日、桃澤、奥島二氏と安濃津に遊ぶ、岩田川の河口を贄崎といふ安濃津に集る船は此川に入りて錨を卸す
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安濃の津をさしてまともにくる船の贄の岬に眞帆の綱解く

贄崎の※[#「魚+是」、第4水準2−93−60]の筵ゆふかげり阿漕が浦に寄するしき浪

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五日
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伊勢の野は秋蕎麥白き黄昏に雨を含める伊賀の山近し

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六日、能褒野に至る、山陵は小なれども神さびたるに、程近き宮はあたり淋しくして形ばかりに齋きたるさまなり
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淺茅生のもみづる草にふる雨の宮もわびしも伊勢の能褒野は

秋雨のしげき能褒野の宮守はさ筵掩ひ芋のから積む

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四日市より横濱へ汽船に乘る、風浪烈しくして伊勢灣を出づる能はず、伊良胡崎の蔭に假泊す
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潮さゐの伊良胡が崎の巖群にいたぶる浪は見れど飽かぬかも

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夜半(錨を)卷く、雨全く霽れて星かゞやけり
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伊良胡崎なごろもたかき小夜ふけに搖りもてくれば心どもなし
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