の聲
鬼怒川の蓼かれ/″\のみぎはには枸杞の實赤く冬さりにけり
小春日の鍋の炭掻き洗ひ干す籬をめぐりてさく黄菊の花
朴の木の葉は皆落ちて蓄への梨の汗ふく冬は來にけり
鬼怒川のほとりを行く
秋の空ほのかに燒くる黄昏に穗芒白し闇くしなれども
變調三首
一
狹田の、稻の穗、北にむき、みなみに向く、なにしかもむく、秋風のふく。(舊作)
二
粘土を、臼に搗く、から臼に、とゞとつく。すり臼に、籾すると、すり臼を、造らむと、土をつく、とゞとつく。(舊作)
三
黍の穗は、足で揉むで、筵に干す。胡麻のからは、藁につかねて、竿に干す。さぼすや、秋の日や、一しきり、二しきり、むくどりの、騷だち飛むで、傾くや、短き日や。
[#ここから4字下げ]
明治三十年七月、予上毛草津の温泉に浴しき、地は四面めぐらすに重疊たる山嶽を以てし、風物の一も眼を慰むるに足るものあることなし。滞留洵に十一週日時に或は野花を探りて僅に無聊を銷するに過ぎず、その間一日淺間の山嶺に雲の峰の上騰するを見て始めて天地の壯大なるを感じたりき。いま乃ちこれを取りて短歌七首を作る。(十月五日作)
[#ここで字下げ終わり]
芒野ゆふりさけ見れば淺間嶺に没日に燒けて雲たち出でぬ
とことはに燃ゆる火の山淺間山天の遙に立てる雲かも
楯なはる山の眞洞におもはぬに雲の八つ峰をけふ見つるかも
まなかひの狹國なれど怪しくも遙けきかもよ雲の八つ峰は
淺間嶺にたち騰る雲は天地に輝る日の宮の天の眞柱
淺間嶺は雲のたちしかば常の日は天に見しかど低山に見ゆ
眞柱と聳えし雲は燃ゆる火の蓋しか消ちし行方知らずも
雲の峰
おしなべて豆は曳く野に雲の峰あなたにも立てばこなたにも見ゆ
雲の峰ほのかに立ちて騰波の湖の蓴菜の花に波もさやらず
霜
綿の木のうね間にまきしそら豆の三葉四葉ひらき霜おきそめぬ
かぶら菜に霜を防ぐと掻きつめし栗の落葉はいがながら敷く
此日ごろ霜のいたけば雨のごと公孫樹の黄葉散りやまずけり
藁かけし籬がもとをあたゝかみ霜はふれども耳菜おひたり
あさ毎におく霜ふかみ杉の葉の落ちてたまれど掃かぬ此ごろ
冬の田の霜のふれゝば榛の木の蕾のうれに露垂れにけり
いつしかも水菜はのびて霜除に立てたる竹の葉は落ちにけり
鬼怒川の冬のつゝみ
前へ
次へ
全42ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング