へいへども、返り見る心もあらねば、眞悲しみ思ひ定めて、世の人のなげかふことを、我だにも死にてありせば、留む可きこともあらむと、父が行く佛の山を、草枕旅行く如く、たどり行き臥《こ》やせる時に、盜人に在りける父や、黄金にも玉にもまして、惜みける己が眞名子を、かゝらむと思ひもかけねば、叫びをらび心も空に、負征矢の碎るまでに、櫨弓の弦たつまでに、掻きなげく思ひつのりに、後つひに心おこして、建てにける佛の石の、朽ち果てぬためしの如く、うつそみのいまの世にして、この山を過ぎ行く人の、うれたみと聞きつぎゆけば、天地のながく久しく、かたり竭きめやも、

     短歌

劔太刀しが心より痛矢串おのが眞名子の胸に立てつる



底本:「長塚節名作選 三」春陽堂書店
   1987(昭和62)年8月20日発行
※「顔」と「顏」、「騒」と「騷」の混在は底本通りにしました。
入力:町野修三
校正:浜野智
1999年5月19日公開
2009年9月19日修正
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