て撥を絃へ挿んで三味線を側へ置いてぐったりとする。耳にばかり手頼る彼等の癖として俯向き加減にして凝然とする。そうかと思うとランプを仰いで見る。死んだ網膜にも灯の光がほっかりと感ずるらしい。一人の瞽女が立ったと思うと一歩でぎっしり詰った聞手につかえる。瞽女はどこまでもあぶなげに両方の手を先へ出して足の底で探るようにして人々の間を抜けようとする。悪戯な聞手はわざと動かないで彼の前を塞ごうとする。憫な瞽女は倒れ相にしては徐に歩を運ぶ。体がへなへなとして見える。大勢はそこここから仮声を出して揶揄おうとする。こういう果敢ない態度が酷く太十の心を惹いた。大勢はまだ暫くがやがやとして居たが一人の手から白紙に包んだ纏頭が其かしらの婆さんの手に移された。瞽女は泊めた家への謝儀として先ず一段を唄う。そうして大勢の中の心あるものから纏頭を得て一くさり唄うのである。三味線の胴が復た膝にもどった。大勢は森とした。其一くさりが畢ると瞽女は絃を緩めで三味線を紺の袋へ納めた。そうして大きな荷物の側へ押しやった。大勢はまたがやがやと騒がしく成った。其時夜は深けかかって居た。人はだんだんに去って狭い店先はひっそりとした。
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