居れば太十がそれに添うて居ないことはない。然し太十は四十になるまで恐ろしい堅固な百姓であった。彼は貧乏な家に生れた。それで彼は骨が太くなると百姓奉公ばかりさせられた。彼はうまく使えば非常な働手であった。彼は一剋者である。一旦怒らせたら打っても突いてもいうことを聴くのではない。性癖は彼の父の遺伝である。だが甞て乱暴したということもなくてどっちかというと酷く気の弱い所のあるのは彼の母の気質を禀けたのであった。彼の兄も一剋者である。彼等二人は両親が亡くなって自分等も老境に入るまでしみじみと噺をした事がない。そうかといって太十はなかなか義理が堅いので何事かあると屹度兄の家へ駈けつける。然し彼は何事に就いても少しの意見もなければ自ら差し出てどうということもない。気に入らぬことがあれば独でぶつぶつと怒って居る。そうした時は屹度上脣の右の方がびくびくと釣って恐ろしい相貌になる。彼の怒は蝮蛇の怒と同一状態である。蝮蛇は之を路傍に見出した時土塊でも木片でも人が之を投げつければ即時にくるくると捲いて決して其所を動かない。そうして扁平な頭をぶるぶると擡げるのみで追うて人を噛むことはない。太十も甞て人を打擲し
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