赤に煎餅を食わせて居る太十の姿がよく村の駄菓子店に見えた。焼けの透らぬ堅い煎餅は犬には一度に二枚を噛ることは出来ない。顎が草臥れて畢うのである。唯欲し相にして然かも鼻をひくひくと動かす犬を見て太十は独で笑うのである。赤は恐ろしい人なつこい犬である。後足で立って前足を胸に屈めていつまででも立つことが出来た。そうして何か欲しいといっては長い舌を出してぺろりぺろりと自分の鼻を甞めた。太十が庭へおりると唯悦んで飛びついた。うっかり抱いて太十はよく其舌で甞められた。赤は太十をなくして畢ってぽさぽさと独りで帰ることがある。春といっても横にひろがった薺が、枝を束ねた桑畑の畝間にすっと延び出して僅かに白い花が見え出してまだ麦が首を擡げない頃は其短い麦の間に小さな体にしては恐ろしげな毛を頭に立てた雲雀がちょろちょろと駈け歩いて居る。赤は雲雀を見つけるとすぐ其後に土烟を蹴立てて駈けて行く。雲雀は低く飛んで遙かに先へ行って畑の境の茶の木の株に隠れたり又飛んだりして遁げて歩く。赤が吠える声は忽ちに遠くなって畢う。頬白が桑の枝から枝を渡って懶げに飛ぶのを見ると赤は又立ちあがって吠える。桑畑から田から堀の岸を頬白
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