をした時のやうに赤くなつて居る。瀧の冷たい水にかゝつたら凍えるやうになることかと思つたのにさうではなくてほか/\と温かい。此は強い勢で水が打ちつけるので肌に熱を持たしめるに相違ないのである。女は衣物を櫻の木へ掛けて干す。櫻の木にはさつきの人々のでもあらうか外にも二三枚掛けてある。女は無造作な帶の締めやうをして足には薙刀のやうにまくれた古い藁草履を穿いて居る。衣物を干すために延ばした其手が非常に白い。首筋も凄い程白い。女は衣物を干し畢ると落ち相になつた帶を兩手で一搖りゆりあげて暫く遠くを見て居た。其櫻の木のもとからは溪でそれから山の脚の間には美濃の平地が遙かに見渡されるのである。
女は余等がすつかり草鞋まで穿いてしまつた時、釜から湯を汲んで小皿に少しばかりの干菓子を出した。釜のあたりは清潔に掃いてあつて釜はちん/\と沸つて居る。其沸つて居るのは瀧の水である。女は物をいふ事には非常に愛嬌に富んだ少し味噌齒の口を開いて嫣然とする。菓子を一つとつて見ると辻占がはひつて居る。余は其辻占を一つあけて見たら青い字でごぞんじといふまでは讀めたが其さきは寫りが惡くて分らなかつた。(明治四十一年四月一日發行、アカネ第壹卷第參號所載)
底本:「長塚節全集 第二巻」春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日発行
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2000年5月10日作成
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