食である。逢々[#「逢々」はママ]として髮が亂れて居る。彼は人の近づくのを見て埃の中へ額をすりつける。逆立つた前髮には埃がついて居る。先へ行く人々は此の乞食に目もくれない。余は何となく哀れつぽくなつて錢入の口を開いて銅貨[#「銅貨」は底本では「銅貧」]を一つ投げてやつた。彼は又埃へ汚い額をすりつける。余は少し歩いて顧みた。後からすぐ女が五六人來挂る。彼は之を見て前へ屈んでは又屈んで燐みを乞うて居る。乞食の前に來た時女は各自に錢入の口を開いた。彼は投げ出された錢を右の手に攫んだ儘女の過ぎ去るにも拘らず更に幾度となく埃へ額をすりつけた。余は之れを見て居て理由もなく只うれしかつた。其瞬間余はなぜだか自分が大きな手柄でもしたやうな心持がした。余は實に此れ程の快感を味ひ得たことは嘗て多く記憶から喚び起されないのである。[#地から1字上げ](明治四十二年八月一日發行、ホトトギス 第十二卷第十一號所載)
底本:「長塚節全集 第二巻」春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日発行
入力:林 幸雄
校正:伊藤時也
2004年1月27日作成
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