ひ交した後女は余を導いて三階にのぼつた。三階は雨戸が立てきつた儘で闇い。障子だけがほのかに白い。雨戸の隙間から細くさしこむ日光は障子へ赤く映つて居る。女は南の戸袋の所でサルを外して戸を一枚あける。雨の濕りで戸は意外に堅くなつて居る。兩手へ力を入れて漸くのことで二尺ばかりあけた時に女の手の平は赤くなつた。外を見ると明るい空は青く澄んで一片の雲翳もない。佐渡は漸く晴れたのである。三階の下からは瓦屋根がつゞいて其先は小さな入江である。碇泊して居る船の檣が汀に近く五六本立つて居る。昨日の浦といふのが此の入江のことである。入江の右は畑らしい岡が岬のやうに出て其先に樹立の繁茂した小さな島がある。女は岡を指して「アレは畑でございますがノ、アノずつと出ました先の蔭の所は磯でございましてアノ島は矢島經島と申しましても一つは此所からでは隱れて見えませんが其島と丁度向合になつて居ります所に冷たい水が湧いて出ますので夏になりますと小木のものがあの磯へ素麺冷しにまゐりますというた。必ず素麺を持つて遊びに行くといふのは感じがいゝ。余は此の女に白地の浴衣を着せて白い手拭をかぶせて素麺をさらさして見たいものだと思つた。三階から見る小木の港は新築した家ばかりで三階のすぐ下には僅ばかりの空地があつて燒木杙が立つて居る。傍には小さな土藏が燒け殘つたといふやうに壞れた荒壁が赤く焦げて居る。女のいふに小木の港は遠からぬ前に大火があつた。火は此の燒木杙の邊から發したので此宿は眞先に燒けて家人は何一つ救ふことが出來なかつたとのことである。「單衣位でございますとノ、どうもなりますが冬の物はよう出來ませんと女はいふのである。女の衣物も丸燒になつたのである。女は余が今日の行く先を尋ねるので余は赤泊の濱まで行く積であるが途中に大崎といふ所がある筈だから其所で博勞の家をたづ[#「づ」は底本では「つ」]ねようと思ふのである。其博勞といふのは此佐渡へ渡航の汽船で知己になつて夷の港では枕をならべて泊つたことがあるのだといふことまで噺をすると赤泊ならばもう近い所故ゆつくりしても決して大事ないといつて更に「博勞さんといふのは小柄で大きな聲を出す人でございましやうといつた。さうだそれで反齒な男だといふと「アノ博勞さんが何時か途中から雨に逢うたと申しまして簑を頭からかぶつて參つたことがございます。佐渡には道中簑と申すのがございましてノ
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