しい栗毛虫はそこにもこゝにもぢつとして動かないで居る、いきなり叩いてやるとぢきに落ちる奴もあるが、大概尻のところでつかまつた儘ぶらつと下る、二つ三つ續けざまに叩くとボタと音がして落ちる、枝から枝へ引き攀ぢては叩き落し/\打ち落してしまつた、毛虫は動くことも出來ず木の下一面に散らばつて居る、打つちぎれた小枝も毛虫の糞の上に散らばつて居る、
 四五十匹もある毛虫を潰すのも穢い、どうしたものかと毛虫を掻き寄せながら考へた、この虫の體から立派な糸が引き出せるといふことを聞いたことがあつたがどうすればよいのかと思つて居ると隣の家の婆さんが通り掛つた、自分は婆さんにその方法を尋ねると婆さんは一向知らないといふことであつた、この婆さん酒を飮むことだけは達者だが、こんなたしなみはないと見える、すると突然うしろから
「婆ア
 と呼びかけたのは婆さんの孫で四つ位になる兒である、ぢき筋向ひの分家の木戸から出て來たのである、豆を一杯にもつた汁椀を持つてあぶな相に歩いて居る、婆さんにこ/\しながら振り返つて
「この野郎なに貰つて來たハハハ……
 といひ乍ら自分を見て笑ひつゝ豆の椀をうけとつて孫の手を引いて行つて仕舞つた、
 この婆さんのまた隣の婆さんは物知りである、その婆さんならば屹度分るだらうと自分は態々聞きに行つた、上り鼻の火鉢の脇にごろりとやつて居た婆さんはむつくり起き上つて目を擦りながら澁りがちにいつた、
「ヘエーかう二つに裂いて酢で引き出すんでがす、ヘエー背中ンとこに糸があるんでがす、なんでも釣糸にすると強えなんて、せんの頃は言ひ/\しつけがなあに誰だつて取れあんすともせ
 わけもないことだといふのであるから自分もやつて見やうと思つたが生憎に酢がない、買ひに遣つても五六町はある、それも品切になつた日には河を渡つて買つて來なければならぬ、それも面倒でたまらぬ、妹が庭の隅へ圍ひをして鶩を飼つて置くから、鶩の餌にしてしまふことにした、
 鶩を飼つてある柵は井戸の側の梅の木の下である、漸く羽の生えかゝつた鶩が十羽放してある、鶩は非常に食慾の強いもので喉までつまるまでは餌を貪る、それも僅かの時間が立てばがあ/\いつて求めて止まない、自分が栗毛虫を投げ込んだ時に饑に向つて居つたので柵中の騷擾は非常である、眞先に立つた奴が喙へて隅の方へ逃げて行くと忽ち五六羽その跡を追ひ掛ける、ずるい奴が横合から
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