大寶へ行くツちふから、俺も行つてよかんべえといつたやうなことをおふくろにねだつた末に、單衣物の腰上げをおろして貰ひ、わるさなんぞして汚すんぢやねえぞと戒められて、そうれおとつツあげ隱してやるんだからと白銅一つあとから蝦蟇口へ入れて貰つて、人込みのなかではぐれちやいかねえぞ、二人でようくつかまツて歩行くんだぞといはれたことまで、なんでもうん/\と聞き流して、うれしまぎれに急いで行つて、大蛇の見世物で一錢、ろくろ首の見世物で一錢、輕業で一錢五厘、それから團子を一皿くつてお替りをいふことが出來ずにしまつて、梨子を買つて柿を買つて、芋串を買つて、八幡太郎の繪本を買つて、風船玉も買ひたかツたが無駄なものなんぞ買つて來たら聽かねえからと、うちでいはれてきた爲めにそれは諦めて、よツぱらさんざ遊んでかへつてきたので、途中からよく/\に草臥れてしまひ、けふの面白かツた話も出なくなツて、
「はやくうちに成ればいゝなあ
 と思ひながら行くのであらう、罪のないことだと思つて振り返つて見ると遙かに隔つた、自分の歩行くのがはやいからであらう、
 ひろ/″\としたこの野路の變化し易い夕の景色の面白いのを見ながらまた村へ這入ツた、
「駄目だツちことよ、われがにや
「かつてくんだよう
「水油はわれがにや解らねえからだめだよ
「かつてくうんだツちばよう
「そんだら買つてこうな
 といふのは、いましがた油買ひに行かうとするおふくろの手につかまツて、七八つの小供が好奇心から自分が買つてくるんだといつて聽かない、おふくろが危ぶむ、とう/\小供に負けてしまツたといふ所なのである、こんなことを見ながら村の中を行くとなんだか急に闇くなツた、木立のおひかぶさツてゐるためであらう、がた/\がた/\と唐箕で籾を立てゝ居るのや、とん/\とん/\とふるぢ[#「ふるぢ」に傍点]で粟がらを叩いて居るのや、大かたは忙しいことであるが、庭の中でぽたん/\と※[#「米+參」、第3水準1−89−88]粉をついて居るのは、いまから團子を丸めようといふのであらう、まツくらな家の中にはまだあかりがつかない、稀についたのもランプの心がひツこましてあつてぽツちりと赤い光が見えるだけである、自分の急ぎ足はこんな忙しいなかをば猶更いそぎ足になツた、せツせと歩くと突然、
「勝よう、かつう
 と大きな胴羅聲で呶鳴つた婆さんがある、耳もとで怒鳴られたので自分は非常に驚いた、その調子が一種のせき込んだ恨みを含んだ調子である、家のうちには竈の下にちよろ/\と火が燃えて居るのみで人のけはひもないやうである、
「きさのあま奴が、ねんとし大寶へ行く癖にはやくでもけえればいゝのに、若い衆とでもくれえそべえて居やがるんだんべ、いめえましいあま奴だ、なんにも間に合ひやしねえ、それにかつの餓鬼奴がどこへけつかツてるか、豆腐でも買つてくればいゝのに、寄ツつきやがらねえ、どうしたらよかんべえな
 といふやうなことで、思ひ切つた大きな聲で呶鳴つたのであらうなどゝつまらぬことを考へながら村外れへ出る、五個《ごか》までくれば石下《いしげ》への半分道でこゝからは野路ばかりになる、常に行き馴れた間道なのである、村のなかでは暗かツたのが野らへ出ると明るくなツた、夕燒はもう殆んどあともなくなツて、月の光はいよ/\うつくしくなツた、用水の岸を辿つて行くと水の流はしら/\とひかつて見える、ころ/\ころ/\と蛄螻がしづかな鳴きやうをする、野らは至ツてひろ/″\として隈なき月は更にうつくしさが増すやうである、手近には蕎麥畑が霜の降つたやうに見えて、遙かの先きには筑波山が仄かに見られる、さうしてさツきから嶺に棚引いた白雲は依然として居るのまでがわかる、田のへりへ出ると掛稻のあたりから、鴫でゞもあらう、きゝ/\と鳴いてどこへか飛んで去つた、しばらく歩行いて居るうちにそここゝの森から田を隔てゝぽん/\ぽん/\といふ音が聞え出した、小供らが卷藁を打ち出したのである、自分がまだ幼少の時分によくしたことであるが、手頃に藁を束ねて繩でぎり/\卷いて、そいつを擔いては家々の庭へ行つて力一杯に叩きまはるのである、その叩くと共に、
「大麥小麥、三角畑の蕎麥あたれ
 とみんなで聲を揃へて叫ぶのであつた、卷藁のなかへ芋がらの干したのを入れると音がいゝといつて拵へて貰つたことであつた、今叩いて居る子供等もいかに樂しいことであらうと思ツた、自分はこの卷藁の音が非常に好きで、殊に眩ゆいやうな蕎麥畑の中へ立つてこの卷藁を聞くのはなんとも云へない善い感じがするのである、こんなことを思ひ浮べながら石下へついた、石下の町ではあかりはまツかについて居る、洋燈の下で夕餉をしたゝめて居る家があつた、さうしてその家の表へ供へた机の上の團子を猫がくはへ出して、机の下のくらがりで噛ツて居るを夕餉の人々は知ら
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