ら愈々餘興として紅白旗取勝負といふのを御覽に入れますが、これが終りますれば飛入さんとの三本勝負もありまするし、なほ他にも御座いますれば何卒滿場一致の諸君はゆる/\と御見物の程を願ひます」と切口上をいつて片方の床几に腰をかけた、はじめからの餘興も面白いが滿場一致の諸君も妙である。さうして見物人は茫然としてこの男を見つめて居るのも益々可笑しい、以上がすむと左に面小手を撥[#「撥」に「ママ」の注記]い込んで右に薙刀を拔いた十七八になる女の子が現はれた、目元口元のたしかな色の白い彼れの容姿は頗る見物人の目を惹いた、つゞいて肩を怒らかした若物[#「物」に「ママ」の注記]が竹刀を持つて現はれた、雙方に別れて莚の上に扣へて居る、床几に倚つて居た行司は二つの手桶に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]してある旗の中から香車とかいた旗を兩方に立てゝ、
「こなた赤方香車の役石井よし女こなた白方……
 と名を呼び上げると各々面小手を付ける、面小手を付けると中央に出て三歩位の距離に片膝をついて扣へて居る、行司が、
「勝負は正しい所を三本ッ
 と言ひわたすと互に立ち上つて身構をする、薙刀の尖と竹刀の尖とが三四寸相交つて居る、行司が念入に兩方を見比べてさつと軍扇を引くと共に力は兩方の體に充滿する、暫くの間は互に聲を掛け合つたが薙刀が「お面ッと打ち込んだ、薙刀が打ち込むと同時に竹刀は頭上に揚げられたのでこの一撃は空しくなつた、竹刀は薙刀を受けると共に敵の手元に切り込まんとしたのであつたが、薙刀の切つ返しが瞬く間に右の脛を襲つたので、その暇もなく一尺ばかり飛び上つた、薙刀は再び效を奏しなかつたが敵の姿勢を立てなをさぬうちに逆に左の脛を切つ返したので、バキッといふ音がしたかと思ふと薙刀つかひは「お脛といひながら突つ立つた、「低いぞ/\なんだそんな所ぢや駄目だと竹刀の方は承知しない、「いゝとこですよ、あれよりいゝとこは有りませんよと薙刀つかひの爭ひかたは非常にやさしいのである、「さうだとも充分いつてらァ、くず/\云ふない女に負けた癖にと薙刀つかひの出た側のぢき埒の外に扣へて居た見物の一人が叫んだ、行司はしばらく微笑を含んで伏目になつて考へてるやうであつた、
「見物のお方も勝負があつたといふしパキッと云ふ音があんまりいゝ音でしたから仕方がありますまい、それでは二本目ッ

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