けません、さう出して居るといくつでも切られますからと行司の注意で老人は大に足に心をとられたやうであつたがポツンといふ音と共に薙刀は面を打つた、しかしながら竹刀は既に頭上に揚つたので充分の打ではなかつたやうだつたが「充分に行つてるじやないかと薙刀は叫んだ、行司は暫く考へたがさつきから目も放たず見て居た莚の上の老人のもとへきてなにやら話すやうであつたが、兎に角いまのはかすりがあつたからいけないといふことになつた、充分ではないにしても二つまでやられたのだから相手の老人も考へざるを得ない、まだ軍扇を引かない内にしろ薙刀の手元へつけ入つて居る、薙刀が退いてはなれやうとすれば從つてつけ入る、「仕方がないぢやありませんかそれではと薙刀はぢれてきた、「どうもそれでは行司が軍配を引くわけに行きませんな、もつと離れて立ち合つて貰はなくつてはと行司が制すれども老人なか/\きかない、「いゝとも/\ずつと出ろ、なんでもいゝから飛び込んでやるんだと叫んだのは例の肝煎である、やつとのことで軍扇か引かれると老人乘地になつて飛び込んで「お面と皺枯れた聲で怒鳴つた、お面はまさしく打ち込んだのであつたが「こつちからも突きが行つてるじやないかと薙刀はやり返した「あなた薙刀を構へた所へ打ち込むのは危ないですよと行司が制した、老人が足に對する用心はゆるんだので、二たび三たびと脛を拂はれた、さうして遂に薙刀つかひを打ち込むことは出來なかつた、次から次と仕合があつたがはじめのうちは飛入の切先は鋭くても三合四合と打ち合ふともう疲れかゝるので興行仲部[#「部」に「ママ」の注記]の劍士には及ばぬのである、肝煎の男は一人で威張つて居る、「なんだいそんな胴なんぞ、いまちつとしつかとやれしかと、いゝからそこん所打ち込むんだなどゝ頻りに飛入劍士に助勢をするのでこの肝煎のために見物人の興は添へられた、さうして肝煎のはやり方は今にも跳り出して打つてゞもかゝるかと見えるのであるが、さきが劍客だけに滅多なことは出來ないのだから更に可笑しいのである。仕合が大分すんだ頃飛入の行司が現はれた、妙に勿體振つた容態がおかしいのに腰を屈めたり伸したり「ヤ、ム、ヤ、ム、と頻りに力味返つて跳ね廻るので「これぢや行司が水をのまなくつちやつゞくめえと見物人の中から惡口をいふものあつた、「おい行司々々少しわきへよけろ一ッ所に立つてちや見えやしねえと劍突をく
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