爐の茶が焦げつくので何處までも追ひつめる譯には行かなかつた。兼次が藥貰ひに出た跡で手に餘る茶の葉をいぢつて居たのであるが強くなつた葉はいくら荒筵の上で押し揉んでも容易によりつからぬ。焙爐の火力を強くして只がさ/\な茶を乾かした。疲勞は其癇癪を促した上に焙爐の蒸し暑さは一層親爺の腹をむか/\させたのである。隣近所の二三人が出て漸く兼次を見つけた。さうして例のやうに四つ又へ詫を頼んだ。四つ又はぶらりとやつて來た。
「ツア、獨で太儀《こは》かつぺ」
「こはえな」
「うんこはえ筈だ、つまんねえ料簡《れうけん》出すから」
「何よ又そんなことゆつて」
「なにつて兼ことぶつころすなんて騷いてんぢやねえか」
「此忙しいのにあんまりのさくさして居やがつて小世話燒けたからよ」
「のさくさしたつて「ツアヽ」がにや分んめえ。先生がほかさ行つて居なかつたんで待つてたんだつて云ふんだぞ。「ツアヽ」行つたつて先生が居なくつちや駄目だんべ。それも聞きもしねえでぶち殺すなんてそんな短氣出すもんぢやねえよ」
 お袋は晝餐の菜《さい》の油味噌の豆を熬つて居たが皿へ其豆を入れて四つ又へ出した。さうして
「本當におらぢの「ツアヽ」は短氣なんだから」
 と獨言のやうにいつた。
「えゝからわツら知りもしねえ癖に」
 とおやぢは又かアつとしてお袋を叱りつけた。
「それさうだからえかねえ。婆さまこと見ろまアおれが鹽梅《あんべい》惡いから當てつけに兼こと怒《おこ》んだ。一層おら死んだ方がえゝなんて云つてら。そんだからおれげ任せろよ。隣近所の暇つぶした丈でもつまんめえぢやねえか」
 四つ又は殼竹割である。短氣なおやぢを威したり賺したりいひくるめるのは村でも此の四つ又一人なのである。
「うんそれぢや任せべえ」
 といふことに成つた。
「そんだから愚圖々々しねえで何時でもおれが云ふことア聽くもんだよ」
「おめえぢや仕やうがねえへゝゝゝ」
 此が笑つて收ると四つ又は兼次を連れて來た。さうするとおやぢは
「此葉揉んでくろ、兼」
 といつたやうな譯でさつきの顏とは別のやうである。

         四

 其後いさくさはなかつたが兼次は依然としておすがのもとへ忍んだ。それではおすがの家で捨て置くまいと思ふ筈だがおすがのお袋は少し愚圖な氣のいゝ女で只娘が可愛くて兼次との間を裂かうなどゝいふ料簡《れうけん》は微塵もない。寧ろ村の評判の通り却て兼次の手引をしてやる位なものである。おすがの親爺は夜になればいつでもぐでん/\に醉拂つて前後も知らずに轉がつてしまふ。兄貴は若い嫁と裏の中二階へ昇つて寢てしまふ。それに傭人が兼次の邪魔抔はしないといふことに極つてるのだから攫《つか》まつた追はれたといふ騷ぎも聞かなかつたのである。然し村の噂が高くなると共に親類縁者の少しは小口の聞けるといふ手合が捨ておけないといふことで相談をした結果、それぢや兼次の家は財産は足らぬが貰ふといふなら一層の事おすがをやつたらよからう。嫁にとらぬといふならすつぱり手を切つて兼次をよこさぬやうに掛合はなければならぬと決した。おすがの叔父に伊作といふ博勞がある。此が又兼次の親爺と別懇だ。親爺は恐ろしい馬好で春も暖かになつて毛が拔け代つて古い毛が浮いたやうに幾らか殘つて居るのを見ると堪らなくなつて往來へ引き出しては撫でさすつて居るといふ程なのだから自然博勞の伊作が別懇になつた譯である。だから村では四つ又を除いては立入つた噺の出來るのは此の伊作である。伊作は一晩親族の惣代といふ名目で前條の掛合をした。然しそれは無效であつた。伊作は四つ又程には呑んでかゝることが出來ないのと、事件が改まつて甚だ重大であつたのとで親爺の返辭はきつぱりしたものであつた。嫁に貰ふことは首を切られても出來ないといふのである。いひ出したらもう後へは引かぬのが此の人間の性癖である。否此の家には屹度かういふ性癖の人間が生れるので此は血統である。伊作は古革の大胴亂で幾ら煙草を吸つて見ても名案は出ない。器量をさげた譯だが喧嘩にもならぬから引つ込んでしまつた。親族らは其頑固なのに激昂した。小波瀾が起らねば濟まぬやうな状態になつた。斯の如き時に好いた同士の執るべき唯一の名案は爾來幾多の男女の間に實行されて且つ廢らない。一先づ手に手をとつて出奔するといふのがそれである。少し愚圖なお袋はどうかして兼次とおすがを一緒にしたいといふ心から自分の入智惠で遁がすことにした。兼次は或晩こつそり風呂敷包を抱へ出した。それから二三日たつて兼次が見えなくなつたといふ噂が立つた。其時兼次はおすがの家の土藏の二階に隱れて居てィ袋の運ぶ握飯で凌いで居たといふのである。三日たつてから日の暮れるのを待つて二人はお袋の生家の鬼怒川の向うの或村へ行つた。表向から駈落となると双方の仲へ人が立つて纏りがつくといふの
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