杯働いた。叔父も忙しい時に思ひ掛けぬ手が殖えたので窃かに悦んで止めておいた。秋がふけた。さうして稻刈の時節になつた。故郷では俎板へ鼻緒をすげたやうな「ナンバ」といふものを穿かなければ刈れないやうな深田もあるが、こゝでは草履穿きで稻刈が出來る。田の中で稻扱をする。仕事がどれでも愉快である。赤城の山に雪が積んで冬が來た。其時彼等二人の間にはぢつとして居られぬ心配が湧いた。其心配といふのは改まつてのことではないが此頃に成つてどうにもしやうがなくなつたのである。駈落する以前からおすがは身持に成つて居た。おすがも初は我慢をして居たが此頃では體が兎角大儀になつた。叔父も疾からそれは知つて居るが百姓をするものは明日分娩する其晩まで跣足で仕事をする位のことは普通であるのだからそこは少しも苦勞はないのと一つは愈々腹がか、だからといふ時に返してやらなければ彼等雙方の家で仲々引きとるのに故障をいふだらうといふことでおすがには成るたけ樂な仕事をさせて止めて置いた。冬も寒が來て田甫の榛の木には春の用意に蕾がふら/\と垂れはじめた時にもうこゝらでいゝと思案をして叔父は二人を返してよこした。博勞の伊作へも手紙をつけ又四つ又へもこま/″\と自分の筆の立つだけは書いた。其は自分が行かねば濟まぬわけだが、かういふ日蔭ものを連れてのこ/\村へはひることも極りの惡いことだによつて二人だけ返すのだがどうか惡く思はないでどんなにでもいゝから心配をして貰ひたい、後で卵屋が愚圖々々いふ時にはわしがそこは引きうける。若し只今にも自分が行かねば駄目といふなら葉書をくれゝば直にも飛んで行くからといふのであつた。二人はどこへも手頼る所がないので四つ又の家へ轉がり込んだ。四つ又も困却したが乘つた船で止むを得ない。先づ伊作へ談じて見たがどうも只ではおすがも戻れない。思案の末におすがの家の前の仙右衞門へ少しの間といつておすがを頼んだ。一つは仙右衞門の家は廣い割合に少勢であるのと一つはすぐ前のうちへ置いたならば朝夕おすがの姿を見るうちには兄貴もさう六ケ敷ことばかりもいはれなくなるだらうしお袋が愚固だから誰も因業もいつては居られまいといふ見込をつけたのである。おすがの身の處置をつけて四つ又は卵屋の方へ手を出した。四つ又は隨分此の事件では厄介な役目であるが、四つ又でなければ出來ないと村からいはれて居るのが心中窃に自慢なのである。或晩
前へ
次へ
全25ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング