味とを孕んだ花が隠れて居る。ジヨメトリツクといふ程では無いが、規則正しいトマトの葉並が、星の様な花をちりばめて、落着いた軟かい色と形を地上に蔽い飾る。地殻を破つて突き出た様な隠元の芽生えが、漸く葉並を揃へて幾筋もの直線の行列を作ると、地の面は、宛《さ》ながら可愛い乙女達のマツス・ゲエムを見る様に、希望と歓喜とに満される。
▲サクランボ 五月の末から六月の初には、桜の実が熟す。仏蘭西のサクランボ、殊に私の居た南仏のサクランボ、それは地球上の何れの涯に行つても味ひ得ぬであらう、と思はれる程甘くて風味がある。幾つもの大木に鈴成りになつてゐるのを、腕白小僧の様に高い処に登て食う。毎日幾升食うことやら。何しろ長く取つて置けない果物だから、三人や五人では食べ切れない。ジヤムを造るのだが、仲々造りきれない。そこで、おまんまの代りに食う。善く成熟したものは幾ら食つても腹を傷める様なことは無い。傷めるどころか、胃も腸も善くなる。血液も清められる。こうして、都会人の知らない恵みを、自然は百姓に秘かに施してくれるのだ。
▲トマトの植付 五月半ば頃、トマトは苗床から畑に移植される。三尺位の間隔を置いて、一尺立方位の穴を穿つて、それに半分位、自然肥料を詰めて、其上に一二寸ほど土をかけて、其処へトマトの苗を植えつける。其取[#「取」に「(ママ)」の注記]トマトの苗は、最初の内は穴の底に殆ど隠れてゐる。茲にトマトを早く成長させる秘術がある。仏蘭西でも普通の百姓は知らない事で、こゝに書くのは惜しい様だが、『農民自治』の読者へ特別の奉仕として書いて置く。それは極めて簡単で鳥の羽を肥料の上に五分通りも布いて其上に土を被せるのである。其羽も殺菌なぞした古い羽では役に立たない。矢張り生の羽で無くてはならぬ。此秘術を施すと、少くとも十日か一週間は他の苗よりも早く、果実が成熟する。そして出来栄も目立つて好い。
六月末にはトマトに丈夫な支柱を与へる必要がある。其支柱に緊《しつ》かりトマトの茎を結び付けても、まだ其果実の重量で枝が折れる。従て枝も亦支へてやらねばならぬ事もある。
▲芽枝剪栽法 最初のトマトの花が大てい咲いた時、其儘に置くと、其花は実らずに萎んで了ふ。それは其花枝の分枝点から出る心芽が全精力を吸収して上へ上へとばかり延びやうとするからである。故に、其最初の花枝に咲く全部の花に立派な果実を成熟させる
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