休む事をしない
僕等は高く どこまでも高く僕等を押し上げてゆかないではゐられない
伸びないでは
大きくなりきらないでは
深くなり通さないでは
――何といふ光だ 何といふ喜だ
[#天から27字下げ]大正二・一二
[#改ページ]
愛の嘆美
底の知れない肉体の慾は
あげ潮どきのおそろしいちから――
なほも燃え立つ汗ばんだ火に
火竜《サラマンドラ》はてんてんと躍る
ふりしきる雪は深夜に婚姻飛揚《ヴオル・ニユプシアル》の宴《うたげ》をあげ
寂寞《じやくまく》とした空中の歓喜をさけぶ
われらは世にも美しい力にくだかれ
このとき深密《じんみつ》のながれに身をひたして
いきり立つ薔薇《ばら》いろの靄《もや》に息づき
因陀羅網《いんだらもう》の珠玉《しゆぎよく》に照りかへして
われらのいのちを無尽に鋳る
冬に潜《ひそ》む揺籃の魔力と
冬にめぐむ下萌《したもえ》の生熱と――
すべての内に燃えるものは「時」の脈搏と共に脈うち
われらの全身に恍惚《こうこつ》の電流をひびかす
われらの皮膚はすさまじくめざめ
われらの内臓は生存の喜にのたうち
毛髪は蛍光《けいこう》を発し
指は独自の生命を得て五体に匍《は》ひまつはり
道《ことば》を蔵した渾沌のまことの世界は
たちまちわれらの上にその姿をあらはす
光にみち
幸にみち
あらゆる差別は一音にめぐり
毒薬と甘露とは其の筺《はこ》を同じくし
堪へがたい疼痛《とうつう》は身をよぢらしめ
極甚の法悦は不可思議の迷路を輝かす
われらは雪にあたたかく埋もれ
天然の素中《そちゆう》にとろけて
果てしのない地上の愛をむさぼり
はるかにわれらの生《いのち》を讃《ほ》めたたへる
[#天から27字下げ]大正三・二
[#改ページ]
晩餐
暴風《しけ》をくらつた土砂ぶりの中を
ぬれ鼠になつて
買つた米が一升
二十四銭五厘だ
くさやの干《ひ》ものを五枚
沢庵《たくあん》を一本
生姜《しようが》の赤漬《あかづけ》
玉子は鳥屋《とや》から
海苔《のり》は鋼鉄をうちのべたやうな奴
薩摩《さつま》あげ
かつをの塩辛《しほから》
湯をたぎらして
餓鬼道のやうに喰《くら》ふ我等の晩餐
ふきつのる嵐は
瓦にぶつけて
家鳴《やなり》震動のけたたましく
われらの食慾は頑健にすすみ
ものを喰らひて己《おの》が血となす本能の力に迫られ
やがて飽満の恍惚に入れば
われら静かに手を取つて
心にかぎりなき喜を叫び
かつ祈る
日常の瑣事《さじ》にいのちあれ
生活のくまぐまに緻密《ちみつ》なる光彩あれ
われらのすべてに溢れこぼるるものあれ
われらつねにみちよ
われらの晩餐は
嵐よりも烈しい力を帯び
われらの食後の倦怠は
不思議な肉慾をめざましめて
豪雨の中に燃えあがる
われらの五体を讃嘆せしめる
まづしいわれらの晩餐はこれだ
[#天から27字下げ]大正三・四
[#改ページ]
淫心
をんなは多淫
われも多淫
飽かずわれらは
愛慾に光る
縦横|無礙《むげ》の淫心
夏の夜の
むんむんと蒸しあがる
瑠璃《るり》黒漆の大気に
魚鳥と化して躍る
つくるなし
われら共に超凡
すでに尋常規矩の網目を破る
われらが力のみなもとは
常に創世期の混沌に発し
歴史はその果実に生きて
その時|劫《こう》を滅す
されば
人間世界の成壌は
われら現前の一点にあつまり
われらの大は無辺際に充ちる
淫心は胸をついて
われらを憤らしめ
万物を拝せしめ
肉身を飛ばしめ
われら大声を放つて
無二の栄光に浴す
をんなは多淫
われも多淫
淫をふかめて往くところを知らず
万物をここに持す
われらますます多淫
地熱のごとし
烈烈――
[#天から27字下げ]大正三・八
[#改ページ]
樹下の二人
[#天から4字下げ]――みちのくの安達が原の二本松松の根かたに人立てる見ゆ――
あれが阿多多羅山《あたたらやま》、
あの光るのが阿武隈川。
かうやつて言葉すくなに坐つてゐると、
うつとりねむるやうな頭の中に、
ただ遠い世の松風ばかりが薄みどりに吹き渡ります。
この大きな冬のはじめの野山の中に、
あなたと二人静かに燃えて手を組んでゐるよろこびを、
下を見てゐるあの白い雲にかくすのは止しませう。
あなたは不思議な仙丹《せんたん》を魂の壺にくゆらせて、
ああ、何といふ幽妙な愛の海ぞこに人を誘ふことか、
ふたり一緒に歩いた十年の季節の展望は、
ただあなたの中に女人の無限を見せるばかり。
無限の境に烟るものこそ、
こんなにも情意に悩む私を清めてくれ、
こんなにも苦渋を身に負ふ私に爽かな若さの泉を注いでくれる、
むしろ魔もののやうに捉《とら》へがたい
妙に変幻するものですね。
あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。
ここはあなたの生れたふるさと、
あの小さな白壁
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