[#天から27字下げ]昭和二四・一〇
[#改ページ]

  智恵子と遊ぶ

智恵子の所在はa[#「a」は斜体]次元。
a[#「a」は斜体]次元こそ絶対現実。

岩手の山に智恵子と遊ぶ
夢幻《ゆめまぼろし》の生の真実。

フレンチ平原に茸《きのこ》は生えても
智恵子の遊びに変りはない。

二合の飯は今日のままごと。
牛のしつぽに韮《にら》を刻む。

強敵|糠蚊《ぬかが》とたたかひながら
三畝の畑にいのちを託す。

あばら骨に錐《きり》は刺され
肺気腫《はいきしゆ》噴射のとめどない咳《せき》。

造型は自然の中軸。
この世存在のシネ クワ ノン。

一切は智恵子a[#「a」は斜体]次元の逍遙遊《しようようゆう》。
遊ぶ時人はわづかに卑しくなくなる。

[#天から27字下げ]昭和二六・一一
[#改ページ]

  報告

あなたのきらひな東京へ
山からこんどきてみると
生れ故郷の東京が
文化のがらくたに埋もれて
足のふみ場もないやうです。
ひと皮かぶせたアスフアルトに
無用のタキシが充満して
人は南にゆかうとすると
結局北にゆかされます。
空には爆音、
地にはラウドスピーカー。
鼓膜《こまく》を鋼《はがね》で張りつめて
意志のない不生産的生きものが
他国のチリンチリン的敗物を
がつがつ食べて得意です。
あなたのきらひな東京が
わたくしもきらひになりました。
仕事が出来たらすぐ山へ帰りませう。
あの清潔なモラルの天地で
も一度新鮮無比なあなたに会ひませう。

[#天から27字下げ]昭和二七・一一
[#改ページ]

  うた六首


ひとむきにむしやぶりつきて為事するわれをさびしと思ふな智恵子

気ちがひといふおどろしき言葉もて人は智恵子をよばむとすなり

いちめんに松の花粉は浜をとび智恵子尾長のともがらとなる

わが為事いのちかたむけて成るきはを智恵子は知りき知りていたみき

この家に智恵子の息吹《いぶき》みちてのこりひとりめつぶる吾《あ》をいねしめず

光太郎智恵子はたぐひなき夢をきづきてむかし此所《ここ》に住みにき
[#改ページ]

  智恵子の半生


 妻智恵子が南品川ゼームス坂病院の十五号室で精神分裂症患者として粟粒《ぞくりゆう》性肺結核で死んでから旬日で満二年になる。私はこの世で智恵子にめぐりあつたため、彼女の純愛によつて清浄にされ、以前の廃頽《はいたい》生活か
前へ 次へ
全37ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高村 光太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング