生である。石川先生の彫刻は、父に言わせると、牙彫《げぼり》風の肉があって、どちらかと言うとこなれが少いと言っていたが、上品でおっとりして、よく人柄が出ているという点で尊敬していた。殊に薄肉がうまく、石川先生は絵の心得があるから煙管《きせる》の筒など彫ると非常に名人で、自分など到底及ばないと言った。竹内先生の方は少し下卑ていると言っていた。矢張、彫刻では石川先生のものに一番感心していたようである。私もそう思う。山田鬼斎先生は、余り世間では言われていないが、非常に腕の出来る人である。腕っこきだけれど、少しガツガツした仕事振りで、品がない。岡倉さんの妹を細君にしていて、非常に強硬な議論家で学校では皆に随分煙たがられていた。私も美術学校の時、何年級かで山田先生の受持であったが、人間は直情で良い先生であった。代表作は此と言って遺っているものは少いが、細かいものが方々に散らばっている。或|蒐集家《しゅうしゅうか》のところで、父の作になっている物に山田先生の作があった位で、一寸似た所がある。矢張刀法が強く、その点一寸父のものと似ているが、衣紋《えもん》の彫方なども全然違い、感じが荒っぽく一見山田先生の特色が出ている。余り仏像を彫らずに他のものを作っていたが、それがあの人の新味となっていた。
石川先生の家は谷中の真島町だったが、そのすぐ隣が後藤貞行先生の家である。二人の先生は、どういうものか何となしに仲が悪く、年中|睨合《にらみあい》をしていた。後藤先生は元から馬の先生だから二頭ほど馬を持っていて、よく馬の説明をきかせてくれたし、指ヶ谷町の傍にある昔の名高い馬の先生のところに連れていって、馬に乗る稽古《けいこ》をするように私にしてくれた。後藤先生の彫る馬は、大抵身長が一尺か一尺五寸位なもので、それに油絵具で着色して無数に拵えた。彫刻自身としてはとるに足らぬものだけれど、標準的な理想的な馬の形を彫るので、後藤さんの馬を持っているとそういう馬が生れるという迷信のようなものが行われて、東北の馬産地で盛んに後藤先生の馬を欲しがった。馬の活動している様なところは拵えず、静止している標本的な馬の実際の雛型《ひながた》を拵えようというつもりだったらしい。今でも東北に行ったら、その作品は沢山遺っているに違いない。後藤先生は又、当時としては珍しい写真の技術の出来る人で、非常に重宝がられた。ある日、写真に使うアンモニヤの壜《びん》の口の固いのを無理に抜いた時、沸騰して顔に吹付け、それで片目を失った。それが楠公の像の頃であったが、それ以後、後藤先生は益々|颯爽《さっそう》として、独眼竜と称した。
画家との往来は余りなかった。雅邦先生は学校の始めからその後も始終一緒だったから、時々事がある度に往来していて、父は雅邦さんを大変尊敬していたけれど、個人的には非常に親しいという程ではなかった。寧《むし》ろ川端玉章先生の方が親しかったが、それにしても仕事が違うので大したつきあいというのでもなかった。却《かえ》って工芸家の方に大島如雲さんなどとのつきあいがあった。是真さんとは往来があったかどうか私は記憶にないが、父は是真さんの絵を殊にその意匠をひどく買っていた。洒落《しゃれ》のうまいところなど好きなのである。だから是真さんのものからヒントを得て作った彫刻は沢山ある。河鍋暁斎の絵も好きであった。父は自分では全然絵が描けないから、絵が描ければとよく言って居り、私には絵を習えとよく言ったものだ。
父の弟子分では山本瑞雲などが美術学校に就職する前の輸出物を拵えていた時分からの弟子で、高村家の大久保彦左衛門だと威張っていた。暫く大阪にいて、それから又帰って来たが、兎に角この人が一番古い。それから林美雲は前に述べたように以前は父と兄弟弟子だったが、東雲歿後は父を師匠代りにして来ていた。今はもう亡くなって了ったような弟子も随分いるが、私の知っている限りでは内弟子で余りよくなった人はいない。その中で米原雲海など頭を出している位で、然し米原雲海はもともと出雲にいた時本職大工の旁《かたわ》ら既に彫刻をやっていて相当出来ていた。本山白雲も内弟子の一人だが、あの人は学校に行ったのだし、谷中の時分の弟子の中でよくなった人は殆とない。父はそういう弟子の為に気を配って、古社寺保存の仕事に入れて、仏像台座を削ったりしてどうにか食べてゆけるようにしてやったりした。明珍さんなども、そういう仕事でとうとう奈良でものになった。細谷とか其他の人達もいた。明珍さんは、丹念で非常に正直な人だから修繕ものには実によく、苦労した人だが毒のない飄逸《ひょういつ》な人だったから奈良で人望を得た。弟子の才分に応じて職をやるようにしたのだが、弟子がやってゆけるようにする為に、父自身は随分無理な俗な仕事をしなければならなかったこ
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