、自己溶解、これらの墜落を彼はすべてを吸いこむところの過流(Wirbel)という。
 それは、もはや死ぬることなき死への埋没である。
 われわれは、われわれの画布をいかなる角度において存在の中に挿しいれるかを寂かに憶いみるべきである。涯《はて》もないマンネリズム、意味のない党派心、猜怨と嫉視、繰り返えさるる朋党の瞞《だま》しあい、執拗なる剽窃等々の中に画布が浸さるるかぎりにおいて、すでに白き画布は、再び腐剥することなき腐剥の中に朽ちているはずである。画布は、すでに死膚の白さに彩られているはずである。なぜならそこには、生のただ一つの徴《しる》しである生そのものへの疑問記号《フラーゲツアイヘン》を失っているからである。自分の存在へのまともな肉迫が見失われているからである。
 かくて絵画の不安をして、われわれは一朋党と異なることへの不安であらしめてはならない。かつて描かれしものと異なることへの不安であらしめてはならない。単なる取引の上の不安であらしめてはならない。
 あるべき不安は、存在に肉迫せざるの嘆きの上にあらねばならない。「存在の意味そのものへの問い」、みずからがみずからの内面にふりかえりての畏れ、自分の背後より襲いかかる悪寒の上にあらねばならない。なぜとも知れざる、みずから、みずからより隔てられたる「隔り」の意味、生ける生々しき空間(〔Ra:umlich−in−Sein〕)の上にあらねばならない。
 かかる意味で芸術史とは、永遠なる存在摸索の記録とも考えられるであろう。そしてかのギリシャでは、調和をもって存在の形相として受け入れた。ロマン派はこれに対して、天才の情熱の中にそれを求めた。それは異なる意味をもってながめられたる、一つの「青き花」である。これについて現代、「意味づけられたる時代」としての存在は、いかなる意味でそれを受け入れつつあるのであろうか?
 この「問い」はよき意味において、また悪しき意味において、一つの絵画の不安を構成している。私は、その両様の意味で受け取られるところの一つの警告をここに呈出し、また検討してみたいと思う。そは、かのル・コルビュジエのかかげたる一つの命題である。
「みずからを新しく形造るこの時代の生みの苦悩とは、みずからの深奥の中にひそむ調和[#「調和」に傍点]に対する衝動の確認にほかならない。
 おお、われらの眼よ、見よ、この調和こそ、能率の法則によって整理され、物理学をもって規定さるるところの労働の苦しみの表示の中にその影をひそめている。
 この調和は、その理性的根拠をもっている。それは断じて気分の気紛れではなく、論理とそれをもってしては測りがたき世界との関連的構造の支配の下にあるのである。人間の労働能力のけなげなる過重とその忍耐は、現代における『自然』である。そしてそれは、厳密なる意味においては実に解きがたき課題なのである。
 機械的建築技術の創造は一つの有機体である。それはあたかも吾人の驚愕を喚起する『自然』の生産物のごとく、純粋性に従い、たとえば生産的法則に思いをひそめる。調和は、実に仕事場あるいは工場から生まれる生産物にある。それはいわゆる高等なる芸術、シクステイヌにも、エレクチオンにもない。それは良心、知識および精密と想像、大胆および規律が生々しき結合を為すことによって創りいだすところの、日々の作品の中にある。」
 この命題の中に私たちは、反省なき多くの思いあがりを見いだすであろう。にもかかわらず、われわれのかくれたる魂の底に、何ものかを感ぜしめる衝撃を潜ませていることを否むわけにもいくまい。そこに、聖なる一回性をその底にもつ時代の大きい後姿がにじんでいる。
 ギリシャにおいて芸術の特殊性が考察された時、始めにプラトンより次いでアリストテレスによって指摘された概念は、技術 〔teche_〕 であり、また模倣 mimesis であった。ロマン派的思想すなわち芸術至上主義は、これらの概念の否定より出発し、その芸術論は、技術の概念に対する天才の概念、模倣の概念に対する創造[#「創造」に傍点]の概念の上に成立した。
 しかし、この天才と創造の概念は、それが指摘された時は、実に正当な権利を保持したるにもかかわらず、その解釈者あるいは亜流によってみずからその正当なる意味の理解を失すること、あたかもちょうど技術[#「技術」に傍点]と模倣[#「模倣」に傍点]の概念がその正当なる意味の理解が怠られたると同様であったことである。
 そして天才[#「天才」に傍点]と創造[#「創造」に傍点]の概念は、ついに放恣[#「放恣」に傍点]と個人性[#「個人性」に傍点]とに仮託的重要さをあたえるにいたった。現今の芸術のになえる悪評は、まさしくその欠陥においてである。かくて今や、再びギリシャへの興味は、異なりたる姿の
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