最後の一日に風邪をひいているようなものである。ただ一日いくら鼻をたらしていても、人間が鼻をたらすものであることを悲観して首をくくるというわけにはいくまい。
 二十万年の勝利の跡が、今の、どの街のどんな隅にもころがっているのである。私たちの肉体のどの隅ににも。
 嘘だと思うなら、立ちあがって歩いてみろ、嘘だと思うなら独言いってみろ、その簡単な事実こそが、二十万年の勝利のしるしである。
 こんな単純な現実、これは遠い水平線のような現実である。しかしどんな巨大な建造物も、どんな罪悪も、このホリゾントの上にしかできあがってはこないのである。
 この地平を離れるとどんなものも、過剰の翳を帯びてくる。何か力を失ったものとならざるをえないのではないか。いくらそれが巨大なスケールであっても。
[#地付き]*『シナリオ』一九五一年七月号



底本:「中井正一全集 第三巻 現代芸術の空間」美術出版社
   1981(昭和56)年5月25日新装第1刷
初出:「シナリオ」
   1951(昭和26)年7月号
入力:鈴木厚司
校正:宮元淳一
2005年3月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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