かた(古形)からきたと思われる「かたのよきもの」すなわち仕あわせものを意味するのは特殊の変形的使用法である。例の「ひょんな心にならんした、かた[#「かた」に傍点]の悪い梅川様…………」がそれである。「かたもなく散りはてて」は跡としてのかた[#「かた」に傍点]である。また鋳物のかた[#「かた」に傍点]があり、染物のかたがみ[#「かたがみ」に傍点]からくるのに『重井筒』の「代々伝はる紺屋の型と、共に禿げたる頭《かしら》をおろし………」などがある。
 その意味するすべての内面には型[#「型」に傍点]と原存在[#「原存在」に傍点]との間の等値的射影が指示されている。写《うつ》され、移《うつ》され、覆《うつ》されている。
 形式といい、様式というすべての内面には、かかるかた[#「かた」に傍点]とそれを築きあげる機構としてのうつす[#「うつす」に傍点]という現象が存在していることに気づかなければならない。
 かくて私たちはかのインドのミトスを顧みて、深い示唆に教えられるところのものが多い。
 現象学的意味で気分とも訳さるべき Stimmung という言葉も語原的には音響あるいは言語的意味の射影的等値性を指す。べッセラーは音楽の世界にそれを用いて、情趣内存在 In Stimmungsein とよんでいる。言語的領域ではそれは投票を意味している。何も私たちはドイツ語から思惟を出発しなくてもよい。日本語でもたくさんである。
 こうしたうつす[#「うつす」に傍点]という現象がすでに移す[#「移す」に傍点]、写す[#「写す」に傍点]、覆す[#「覆す」に傍点]におけるように能動的な方向と所動的な方向がわかたれてくる。何か企画的に自動的に移す[#「移す」に傍点]場合と、単にそこに投げだされる意味での他動的な覆す[#「覆す」に傍点]場合がある。これが光[#「光」に傍点]の領域にあらわれる時、光の二つの方向としてあらわれる。たとえばレンズで撮影機《カメラ》における現象は受動的なる単なる記録構造をもっている。これに反して、映写機《プロジェクター》においては、光は内から外に向って方向を取っている。写真では撮影と焼付けがその構造をもつ。すなわちうつす[#「うつす」に傍点]ことと芸術の原現象《ウルフェノメナ》の二つの方向がここにすでに構成されている。眼球ではそれが水晶体によってされることによって複雑化されて視点がまぎれやすい。機械は常に機能の拡大であり、それはその構造の内面機構の単純化をももたらせて本質的に遊離して私たちの前にもたらしてくれる。このことは私たちには興味深い事実としてあたえられていると思う。
 インドのミトスで、描くかわりに巌壁を磨いたことは、描くことの内面にひそむうつす[#「うつす」に傍点]ことの本質現象を囚《とら》えきたってあまさない。ナルシサスの美しさも水にうつすことによって自覚される。いわばうつすこと、それが水にもせよ、金銀にもせよ、鋼金にもせよ、水晶体にもせよ、レンズにもせよ、うつすこと[#「うつすこと」に傍点]その中に、芸術の始源的原型が内在せりと考えらるべきである。日本語でうつす[#「うつす」に傍点]ことがそのまま移動的意味を構成するごとく、それは芸術の移入的等値的射影性を意味すると考えたい。あらゆる意識の働きの原型もが、生命のすべての現象の等値的射影的関連にありとも考えられよう。うつす[#「うつす」に傍点]ことの原現象形態がまたそのまま文字、音楽などにもいきわたって、芸術のウルフェノメナに深い関連をもつとも考えられよう。そして今、レンズの場合、光が石英の合成体を通して、正しき屈折律をもって反射し、そこに展《の》べられる正確なる光の現象は、集団的意志、すなわち見る意志[#「見る意志」に傍点]の深い具象化とも考えられよう。
 このうつす[#「うつす」に傍点]ことが単に投影される方向より、投影する方向に転ずることで、うつす[#「うつす」に傍点]ことは単なる鏡[#「鏡」に傍点]より飜身して、光画[#「光画」に傍点]に変ずる。ここにこの二つの方向の転換の意味がモンタージュの意味の本質である。この投げられる[#「投げられる」に傍点]方向より投げる[#「投げる」に傍点]方向への転換性、そこにこそモンタージュの機構の秘密がある。
[#地付き]*『光画』一九三二年七月号



底本:「中井正一全集 第三巻 現代芸術の空間」美術出版社
   1981(昭和56)年5月25日新装第1刷
初出:「光画」
   1932(昭和7)年7月号
入力:鈴木厚司
校正:染川隆俊
2008年4月15日作成
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